2010年03月07日

瀬戸内寂聴、加藤唐九郎を語る

 日本経済新聞の日曜日の紙面には瀬戸内寂聴さんが「奇縁まんだら」を連載されています。思わぬ登場人物や人間関係が登場してなかなか楽しめる連載物となっています。

 今回(3月7日)は「加藤唐九郎、シャンソン歌う」とあり、例の永仁の壷事件で有名な陶芸家とう一体どういう交流があったのか妙に知りたくなりました。読み進んでいくと昔よく耳にした地名が出てびっくりしたのです。それは「翠松園」という地名でした。「指定された時間に唐九郎さんの翠松園に出かけていった。六千坪もあるという地所に住居も窯場もあるわけだが・・・」という中に「翠松園」という地名が出てきたのです。

 実はこの「翠松園」という場所は、通っていた小学校の校区内にあるところでした。この「翠松園」には気難しい大金持ちが住んでいて近寄ってはならぬ、と小さい頃言われておりました。校区内でも子どもの足では結構遠い所なので遊びに行こうという気にもなりませんでしたが、一体どんなお屋敷に誰が住んでいるのかはずっと気になっていました。

 近くにはお嬢様大学と言われていた金城学院大学があり、毎日その大学を眺めていましたが、その近くに一体誰が住んでいるのだろうと思っていたのです。

 そうか、あの翠松園に住んでいたのは加藤唐九郎だったのか、あそこで作陶活動をしていたのか、ということを50年以上も経って知りました。それにしても思わぬ記事から教えられることになりました。

 加藤唐九郎記念館が現在ありますが、まだ訪れたことはありません。きっと昔近寄ってはならぬと言明されていた所の一角にあるのだと思います。

 加藤唐九郎記念館には、昔よく利用していた名鉄瀬戸線の大森金城学院前駅で下車して行くことになると思いますが、「お堀の電車」と言われていた名鉄瀬戸線も直角に曲がるカーブに車両が対応できるのは2両まででしたので、通勤電車として多くの通勤客を運ぶには限界があり、現在ではお堀を走らなくなりました。大森金城学院前駅という駅も昔は大森駅でした。


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2010年02月28日

ラクウショウの気根(呼吸根)

 神戸の植物園や公園にはメタセコイアがよく植えられています。幹はまっすぐに伸びきれいな円錐形の背の高い木でスギ科です。

 このメタセコイアによく似た木にラクウショウがあります。この木も神戸の植物園や公園にはよく植えられています。ラクウショウは別名をヌマスギといって、落羽松と書きます。漢字では松と書かれますが、別名がヌマスギであるようにスギ科の木です。ラクウショウも幹はまっすぐに伸びきれいな円錐形の背の高い木です。

 ラクウショウはメタセコイヤと混同されることが多いですが、ラクウショウの葉は互生(互い違いに出てくる)ですが、メタセコイヤは対生(左右そろって出てくる)ですので違いが分かります。

 水辺に植えられたラクウショウには、木の周囲に突起物があります。これは気根(呼吸根)といって根の一部が地上部に出たものです。

 また、ラクウショウの花粉は、スギ花粉と同じように、花粉系アレルギー物質です。

ラクウショウの気根:離宮公園.JPG
須磨離宮植物園のラクウショウの気根(呼吸根)


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2010年02月21日

神戸アンサンブルソロイスツ第20回記念演奏会

 神戸アンサンブルソロイスツ第20回記念演奏会を聴きにいきました。平成8年(1996年)3月に第1回演奏会が西山記念館で開かれて、今回が第20回となる記念演奏会です。阪神・淡路大震災を乗り越えての第20回記念演奏会 誠におめでとうございます。今で8〜9回聴きに行っていると思います。

 演奏曲目は、
1曲目:交響曲 ハ長調 R・ワーグナー
2曲目:交響曲 第1番ハ短調 J・ブラームス
の2曲です。

 R・ワーグナーが交響曲を作曲していたことを初めて知りました。「交響曲 ハ長調」は1832年、19歳の作品で、第4楽章まであります。
 第1楽章では、後年の歌劇「タンホイザー」「ローエングリン」で聴かれるバイオリンとチェロの奏法の音が少し現れています。
 第2楽章では、指揮者の高橋義人さんの解説では「メンデルスゾーンを彷彿とさせる歌謡的な主題」とありますが、ベートーヴェンの「交響曲 第7番イ長調」の第2楽章のモティーフの使い方を、チェロとバイオリンによって踏襲している楽章でした。 
 第3楽章は、解説にある通りで、ベートーヴェンの「交響曲 第7番イ長調」の第3楽章のスケルツォに非常によく似た曲でした。

 2曲目のブラームスの「交響曲 第1番ハ短調」は生でよく聴く曲です。非常に緊張を強いられる曲で、第4楽章でホルンが高々と歌い上げ、バイオリンが小波のように演奏すると、今までの緊張からホッとする時が訪れます。湖面に急にまぶしい太陽が突然浮かび上がってくるような感じです。

 アンコールはなかなか粋な計らいでした。というのは、ブラームスの「交響曲 第1番ハ短調」の第2楽章だったからです。今回の演奏は決定稿による演奏でしたが、実は第2楽章は初演稿とは異なっているとのことです。アンコールでは、最初に決定稿と初演稿との違いの説明があり、その後に初演稿で演奏されました。初演稿での演奏会は最終的に決定稿となるまでに、9回演奏されたそうです。

 今回はなかなか面白い企画の記念演奏会でした。

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2010年02月18日

メジロが前を横切る

 近くの公園に散歩中、膝の前あたりを一羽のウグイス色の鳥が横切っていった。メジロだ。

 メジロの名前は知っていたが、メジロを初めて見たのは、阪神・淡路大震災前に住んでいた東京だった。3月上旬、確定申告の書類をK税務署に提出した後、近くの羽根木公園に梅を見に行った。羽根木公園ではちょうど梅まつりが行われており、観梅の人々で多かった。

 白梅にはウグイス色の鳥が何羽も蜜を吸いに来ていた。「梅に鶯」とはよく言ったものだ、と思っていたら、誰かが「ウグイスだ」と叫んだ。すると写真を撮っていた初老の男性が「あれはメジロだよ。目のまわりが白いだろ」と教えてくれた。確かにそうだ、だからメジロというのだということを初めて知ったのだった。 

 今よく見るは、スズメ、ヒヨドリ、ムクドリ、メジロ、カラスの順だ。最近、あまり見かけなくなったのは、シジュウカラだ。

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2010年01月10日

「トラ」にちなむ

 平成22年(2010年)の干支「トラ」にちなんでみました。

 トラはネコ科ヒョウ属に分類される大型の肉食動物です。ヒョウ属には、ヒョウ、ライオン、ジャガーなどがいます。縞模様があるのはトラだけです。シベリアトラやベンガルトラなどがいます。

 トラ以外の動物や植物には、トラの名前がついているものがあります。

 鳥類では、トラフズク、トラツグミがいます。
 両生類では、トラフガエル、魚類では、トラフグやトラザメがいます。

 昆虫類では、トラガ、トラフトンボ、トラフシジミ、トラマルハナバチがいます。
 植物では、トラノオなどがありますが、トラノオにはオカトラノオやヌマトラノオ、ミズトラノオなど○○トラノオが結構あります。

 トラの縞模様に似ているから、トラと名づけられたモノもありますが、トラノオのように花の付き方がトラのシッポに似ているので、トラの名が付いているモノもあります。

 テキ屋稼業を生業とする「フーテンの寅」こと車寅次郎は、「男はつらいよ」の映画シリーズであまりにも有名です。

 倉敷市にある大原美術館は、大原孫三郎がパトロンとして援助していた児島虎次郎が収集した絵画が基になって開館した美術館です。

 寅さんをいつもあなたのそばに・・・

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2010年01月05日

インスタントラーメン発祥の地・池田市

 阪急宝塚線の池田駅で下車し、満寿美町方面出口から麺ロードを約5分歩くと、インスタントラーメン発明記念館があります。

 平成19年(2007年)1月5日は、世界初のインスタントラーメンの発明者、安藤百福さん(あんどう・ももふく)が亡くなられた日です。明治43年(1910年)3月5日生まれですから、今年が生誕百年になります。

 インスタントラーメン発明記念館のパンフレットでは、世界初のインスタントラーメンの発明者の安藤百福さんについて、次のように書かれています。

 安藤百福(1910年〜2007年) 立命館大学専門学部経済科終了。立命館大学名誉博士。1958年に世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を発明し、インスタントラーメン産業を創出。1971年世界初のカップめん「カップヌードル」を発明。日清食品(株)の代表取締役社長、会長を務めるとともに(社)日本即席食品工業協会会長、世界ラーメン協会会長として業界の発展に努めた。1983年、私財を投じて(財)安藤スポーツ・食文化振興財団を設立し、青少年の健全な育成にも力を注いだ。

 パンフレットに書かれている(財)安藤スポーツ・食文化振興財団の拠点が、インスタントラーメン発明記念館です。

 現在、日本人宇宙飛行士野口聡一さんが国際宇宙ステーションで滞在中ですが、2005年(平成17年)7月に打ち上げられたスペースシャトル「ディスカバリー号」での宇宙食ラーメン「スペース・ラム」もインスタントラーメン発明記念館に展示されています。

 このインスタントラーメン発明記念館には、体験工房マイカップヌードル・ファクトリーがあります。ここでは自由にカップをデザインして、スープを選び、自分の好きな具材をトッピングして、世界でひとつだけのオリジナル「カップヌードル」を造ることもできます。

 大阪府池田市は、安藤百福さんの世界初の発明インスタントラーメンの発祥の地であり、世界の食文化を変革した地です。

 カップヌードルにも色々あります!

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2010年01月02日

年賀状の楽しみ方

 以前は毎年300枚ほど年賀状を書いていました。仕事や家族などの環境の変化で少しずつ枚数を減らして、今は200枚ほどになりました。これ以上は不義理をしない限り、減らせそうにありません。

 年賀状の楽しみは近況報告にあります。
 今年の年賀状の近況報告で多かったのは、「会えなくて残念」「また、今年も飲みましょう」、「還暦を迎えました・今年還暦を迎えます」「再就職先で頑張っています・退職します」「今年定年を迎えます」などでした。

 ここ数年は年賀状ではなく喪中の葉書を出すことが多くなってしまいました。久しぶりに年賀状をいただき、驚いたことがあります。それは年賀葉書の種類が豊富になっていたことでした。以前の楽しみには、寄附金つき年賀葉書の裏に印刷されている各地の図柄がありましたが、今年はそれに加えて新たな楽しみがありました。

 年賀葉書の種類が多くなったのは、恐らく郵政民営化の影響とメールでの年始挨拶の増加で、年賀状を出すのが減ったので何とか増やそうとして「心のこもったギフト」としての年賀状を売り込んだことにあるのでしょうか。

 寄附金つき年賀葉書の裏に印刷されている各地の図柄を考えないと、年賀葉書は9種類ありました。

2010年年賀状.JPG


  年賀葉書:50円
  寄附金つき年賀葉書(2種類):定価55円(郵便料額50円+図画等経費2円+寄附金3円)

  富士山に凧揚げの年賀葉書:50円
  破魔矢に絵馬の年賀葉書:50円
  虎の年賀葉書(インクジェット写真用):定価60円

  くまのプーサンの年賀葉書:50円
  くまのプーサンの年賀葉書(インクジェット写真用):売価60円
  カーボンオフセットの年賀葉書:定価55円(郵便料額50円+寄附金5円)

 年賀葉書の下にあるお年玉用番号の図柄も違いますので、楽しめます。

 縁起物の破魔矢をどうぞ!

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2009年12月31日

知恩院の除夜の鐘

 今年もあと半日あまりで終ろうとしています。今年は特にパソコンに弄ばれる年となりました。来年はパソコンの奴隷になる年ではなく、パソコンの主人になる年にしたいと思っています。

 大晦日は、京都市東山区の浄土宗総本山・知恩院の除夜の鐘の音を聴くのが一番似つかわしいと思います。親綱の僧が体をのけぞらせて、満身の力を込めて突く姿は圧巻です。

 この知恩院の巨大な梵鐘は、寛永十三年(1636年)に鋳造されたもので、同じ東山区の方広寺、奈良の東大寺と並んで、日本三大梵鐘の一つといわれております。高さ一丈八寸(約3・3メートル)、口径九尺二寸(約2・8メートル)、厚さ九寸五分(約30cm)、重さ一万八千貫(約70トン)あり、大鐘楼とあわせて国の重要文化財に指定されています。

 鐘を突く撞木(しゅもく)は長さ3・8メートルあり、親綱を引く僧が掛け声を上げると、子綱を持った16人の僧が綱を引き、親綱の僧が体をのけぞらせて、満身の力を込めて突きます。17人の僧の共同作業です。

知恩院の大鐘楼.JPG


 除夜の鐘は108回突かれますが、今は亡き父が子どもの頃(10代になった頃)は、鐘の回数管理をするのは子どもの役割だったそうです。108回の数え方は、あらかじめ108個の豆を用意しておき、1つ鐘を突くごとに1個の豆を減らしていって、豆がなくなると終わりにしたそうです。

 どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。

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2009年12月28日

脳卒中治療の実力病院

 12月20日の日本経済新聞1面の「狭心症治療「経験」に開きも 手術年100例未満が半数弱」に続いて、第2弾として昨日(12月27日)の日本経済新聞25面に「脳卒中治療の今 時間との戦い 技術駆使」が掲載されています。

 脳の血管が破れたり詰まったりして起きる脳卒中は、後遺症となる場合や介助が必要となる誰だってなりたくはない疾患です。

 脳梗塞の治療では手術でなく、血栓を薬剤で溶かす内科的治療が主流だそうです。脳梗塞患者に発症から3時間以内に血栓溶融剤「tPA」を点滴で投与すれば、詰まった血栓を溶かして血液が再び流れるそうです。ただ、病院搬送後、画像診断を経てtPA投与まで約1時間かかりますので、発症後2時間以内に搬送されないと投与できないことになります。

 2008年7〜12月に脳梗塞の「手術なし」で症例数(退院患者数)が200例以上の実力病院が掲載されています。住んでいる兵庫県では、4病院あります。大西脳神経外科病院と順心病院、西宮協立脳神経外科病院、神戸市立医療センター中央市民病院です。隣の大阪府には実力トップの国立循環器センターがあります。岡山県には狭心症治療でトップクラスの倉敷中央病院が脳卒中でも掲載されています。

 脳卒中の前兆は医師も十分認識していないそうですので、わずかの梗塞でも発症直後に検査して治療ができればリスクは低減するとのことです。

 誰だってなりたくはないが、その時に・・・。
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2009年12月22日

ゆず湯を楽しむ

 カラスがねぐらから餌場へといつもの出勤飛行は6時半ごろだ。今日は冬至だから餌場への出勤時間は一年で一番遅いのだろう。

 いつもはゆずの入浴剤でのんびりと長湯しながらゆず湯気分を味わっているが、今日は正真正銘のゆずをそのまま5個湯船に浮かべての入浴だ。ほんの少々ゆずの香りを楽しんだ。

ゆず湯.JPG

 外側ばかりでなく内側からもゆずで温めましょう!

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2009年12月20日

狭心症治療の実力病院

 父方と母方の双方にいままで心臓疾患で亡くなった親族はいなかったので、家系的に心臓疾患とは無縁だと思っていました。ところが昨年、A型インフルエンザを直接の原因とする某心臓病のために、弟が突然あっけなく彼岸へと旅立ってしまいました。同じ父と母から生まれたからには、ひょっとして遺伝子的に何か心臓疾患にかかりやすいかもしれないと思うようにはなりました。

 昔だったら全く無視していた記事ですが、今日の日本経済新聞1面に「狭心症治療「経験」に開きも 手術年100例未満が半数弱」とありましたので、近くの実力ある病院を知っておいた方がいいと思いながら読みました。

 今回の記事での調査には大きな特徴があります。それは厚生労働省などが公開している治療実績や医療提供体制など公的情報に基づいて病院を比較していることです。DPC(診断群分類別包括払い)制度により、同じ分類方法に基づいてDPCデータを比較・評価しているので、それぞれの病院が公表している診療実績の分類方法に依拠していないことです。基準を同じくしているので、病院の比較・評価ができることです。

 2008年7〜12月に「手術あり」が200例以上の狭心症治療の実力病院が25面に掲載されています。住んでいる兵庫県では、兵庫県立姫路循環器病センターと兵庫県立尼崎病院がありますが、隣県の岡山県には実力トップクラスの倉敷中央病院とそれに準ずる心臓病センター榊原病院があります。実力的には兵庫県で治療をうけるよりも、症例・経験豊富な岡山県で治療をうける方がよさそうな気もしますが、家系的には心臓疾患の確率は無視しうるものだと信じたいと思います。

 名医を知っておくことも健康管理に必要です。

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2009年12月19日

ライト兄弟になり損ねた男が開いた飛行神社

 明治43年(1910年)12月19日に、東京・代々木錬兵場(現代々木公園)で徳川好敏工兵大尉がフランス製複葉機アンリ・ファルマンで3000mを飛行したことから、「日本初飛行の日」となっています。一応公式記録とされていますが、実際には5日前の12月14日に飛行に成功しています。

 日本で最初に動力飛行機で空を飛行したのは陸軍の日野熊蔵で、明治43年(1910年)12月14日で、ドイツ製単葉機ハンス・グラーデは代々木錬兵場で25mと60mの2回です。

 日本にはライト兄弟になり損なった男がいました。明治24年(1891年)4月29日にゴム動力プロペラ式飛行器を作った二宮忠八です。二宮忠八は、軍隊入営後、カラスの滑降を観察し、カラスを真似すれば飛行可能だと考えて実験を始めます。そしてカラスのような尾翼をもったプロペラ式模型飛行機を作り、35mほどの飛行に成功しました。

 明治26年(1893年)には、人力でプロペラを回す「玉虫型飛行器」を構想し、結局軍隊を辞め、実験を始めようとした矢先に、ライト兄弟の初飛行の話を聞いて、開発を中止します。二宮忠八の設計図は16年も前にすでに完成していたのに残念なことです。

 その後、二宮忠八は京都府八幡町(現八幡市)に私財を投じて飛行神社を開き、航空機で人命を落とした殉難者の御霊をお祀りします。

飛行神社鳥居.jpg

飛行神社由緒.jpg

 また同じ八幡市男山にある石清水八幡宮神内には、トーマス・アルバ・エジソンの白熱電球発明から50周年を記念したエジソン記念碑があります。

 安全祈願グッズあれこれ

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2009年12月18日

虎のつくことわざ

 年賀状の受付が始まっているが、まだ何も用意していない。年賀葉書も少しだけ買ったが、誰に出すかまだ決めていない。とりあえず喪中の葉書だけを整理した状態だ。年賀状の図案はいつも頭の痛い問題だが、来年は寅年なので「虎」のつくことわざを調べてみた。

 「虎」のつくことわざには馴染み深いものが多いが、筆頭は何と言っても「虎穴に入らずんば虎子を得ず」だろう。リスクを恐れていては何も得られないし、結果は出せないし、現状を打破することはできない。現状を維持しようとしても、相手(環境)が変化するから実際には維持するどころか後退しかない。

 人生とはいつも「前門の虎、後門の狼」で、次から次へと新たな難問が襲ってくる。難問から自由になりたくても難問の方が放っておいてくれない。難問はいつも「虎視眈々」と狙っているからたまらない。

 何か良い「虎の巻」でもあれば良いが、周りにいるのは「虎の威を借る狐」ばかりではやりきれない。ストレスはたまるばかりだ。

 「虎は死して皮を残し人は死して名を残す」というが、一体何をこの世に生きた証として残せるのだろうか。一体何のために生まれてきて、生きてきたのだろうか。生きるとは一体どういうことだったのか。

 「政権交代」が流行語大賞を受賞したが、来年は「苛政は虎よりも猛し」の年にしてほしくはない。しかし、やっていることは国民である「虎の子」を見殺しにするようなことばかりに思える。

 年賀状のデザインにはいつも頭を悩ませます。参考にしてください!

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2009年12月11日

今年の冬のボーナスは20年前の水準になるそうです

 日本経済新聞社が12月10日まとめた2009年冬のボーナス最終集計(1日現在)によると、1人当たりの税込み支給額(加重平均)は70万1571円、とのことです。これは前年比で14.81%減って、20年前(1989年)の69万2654円の水準まで落ち込んだことになるとのことです。(日本経済新聞 平成21年(2009年)12月11日(火)朝刊)

 国の経済の規模・成長を測る物差しとして、GNPとGDPの二つがあります。1989年12月29日に、日経平均終値史上最高値38,915円87銭をつけましたが、ちょうどバブル崩壊前まで使われていたのがGNP(国民総生産)で、バブル崩壊後から使われだしたのがGDP(国内総生産)です。正確には日本でGNP(国民総生産)に替わってGDP(国内総生産)を使用するようになったのは1993年からです。

 ちなみに1989年の名目GDPは408兆5347億円で、2008年の名目GDPは507兆3713億円です。平成2年(1990年)の国勢調査による日本の総人口は1億2361万人で、平成21年(2009年)11月1日現在の概算値による日本の総人口は1億2756万人となっています。

 生産年齢人口ではなく少し比較する暦年が異なりますが、総人口はあまり変っていないのに、名目GDPは約100兆円増えています。ですが今年の冬のボーナスは20年前より少し減るということになります。100兆円増えたのにどこのポケットに入った(入る)のでしょうか。

 経済指標も知っておくと役に立ちます。
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2009年12月09日

「保険法施行に伴う取扱変更特則」適用に関するお知らせ、が届きました

 昨日、A生命保険会社より、「保険法施行に伴う取扱変更特則」適用に関するお知らせ、が届きました。

 平成20年6月6日に公布された保険法は、平成22年4月1日に施行されるそうです。保険法には、施行前に締結された契約にも「保険契約に関する規律は、新たに施行される保険法が基本となる」ということが適用されるため、平成22年3月1日以前の保険契約に対して、「保険法施行に伴う取扱変更特則」を適用させていただきます、とのことです。

 この特則の適用によって、給付金や保険金額等の保障や保険料の変更は一切ないとのことです。

 送付された資料の「保険法の概要について」を見ると、「生命保険契約に関する基本的なルールは、明治32年に制定された商法の「第2編第10章(保険)」に規定されていましたが、この条項は約100年間実質的な改定が行われていなかった」とのことです。

 今回社会経済情勢の変化に対して、商法の規定を全面的に見直して、単独法として「保険法」が制定され、平成22年4月1日より施行されることになったそうです。

 金融庁のホームページには「保険制度の変遷」が記載されていますので、そのまま掲載します。

   保険制度の変遷

明治32 年 商法の制定
明治33 年 保険業法の制定
昭和14 年 保険業法の全面改正
昭和23 年 保険募集の取締に関する法律の制定
昭和24 年 外国保険事業に関する法律の制定
平成7年 保険業法の全面改正
  ・保険募集の取締に関する法律及び外国保険事業に関する法律の統合
  ・標準責任準備金制度の導入
  ・ソルベンシー・マージン基準の導入
  ・保険契約者保護基金の創設
  ・子会社方式による生損保の相互参入等

最近の改正
平成9 年 保険持株会社制度の導入等
平成10 年 いわゆる金融システム改革法に伴う改正
平成12 年 保険会社の破たん処理制度の整備等(セーフティーネット)
平成13 年 保険主要株主に関する規制の導入等
平成15 年5 月 相互会社の組織に関する整備、付随業務の見直し等
平成15 年7 月 予定利率引下げ等の契約条件の変更手続の整備等
平成17 年5 月 少額短期保険業者に関する規制等(無認可共済に対する規制)
平成17 年7 月 会社法制定に伴う相互会社に関する規定の整備

 保険法にも色々あるようです。

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2009年12月05日

神戸北野の異人館「うろこの家」のサンタクロース

 三宮から山側に向かって北野坂を上がって行くと、風見鶏の館や萌黄の館、ラインの館、うろこの家などの異人館のある北野界隈となります。天神坂を上がると北野天満神社があります。この北野天満神社は、学問の神様で親しまれている菅原道真公をお祀りする神社です。

 北野天満神社は、治承4年(1180年)の6月に、平清盛公が京都から神戸の福原に都を移した時、鬼門鎮護の神として京都北野天満宮を勧請して祀られた古い歴史を持つ神社です。異人館で有名な北野町の地名はこの北野天満神社の由縁からきています。

 異人館「うろこの家」の壁に11月30日、巨大サンタクロースの人形が登場しました。発泡スチロール製で高さ約3・5メートルあります。「うろこの家」の塔から、ロープにつかまって下りようとしています。

 今年は新型インフルエンザの流行する世相を反映して、マスク姿です。サンタクロースが手にしたプレゼント袋の中には抗インフルエンザ薬「TAMIFLU(タミフル)」と書かれた箱もあるようです。

うろこの家サンタ.JPG

うろこの家サンタアップ.JPG


 神戸異人館のおいしいスイーツ!

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2009年12月04日

どうして交流が採用されることになったのか

 1879年(明治12年)10月21日、米国の発明王トーマス・エジソンが世界ではじめて実用的な白熱電球を発明し、40時間点灯させました。この歴史的な日の10月21日を記念し、エジソンの偉業をたたえて1981年(昭和56年)に「あかりの日」が制定されました。

 明治19年(1886年)7月5日、日本初の電気事業者として東京電灯会社(現東京電力の前身)が営業を開始します。明治28年(1895年)東京電灯・浅草発電所操業開始します。

 浅草発電所とは随分街中にある発電所ではないか。何でこんな街中に発電所を造らないといけないのかと気になっていました。先日(11月30日)の日本経済新聞朝刊に「ダイヘンは、おかげさまで創立90周年。」の全面広告が掲載されており、変圧器の歴史とは一体どうだったんだろうと思い、『大阪変圧器五十年史』を紐解いてみました。

 すると、電気の供給方法には、直流低圧配電方式と交流高圧配電方式の二つがあって、結局交流高圧配電方式が採用されることになって、変圧器が初めて産業界に登場することになったそうです。

 交流高圧配電方式が採用される経済的・技術的理由を『大阪変圧器五十年史』(p.16-17)からそのまま引用させていただきます。

 交流高圧配電方式では、発電所(当初は都市など需要家の近くに小規模火力発電所が建設された)から高圧で電気を送り、配電区域ごとに変圧器で所要の電圧(200Vまたは100V)に下げて、需要家に配電する。したがって、需用家が発電所から遠く離れている場合でも、高圧で電気を送り変圧器で所要の電圧が確保できるのである。それに加えて大事な点は、電圧を高くすることによって、送配電に使う電線を細くすることができる。これが何百メートル、何千メートルに及ぶとその銅量はずっと軽減される。同時に電線を指示する電柱の数も少なくてすむということになる。ただし、低圧に比べて絶縁面を強化する必要があり、高圧線が人体などに触れないようにしなければならない。
 これに対し直流の場合は電圧を上げ下げすることが困難なので、発電所から所要の直流低圧で送電せざるをえない。しかも、需要家までの配電距離がだいたい200メートルが限界などで、多くの需要家に配電することはできなかった。したがって、配電区域ごとに発電所をつくらざるをえないことになる。このような経済的・技術的理由から交流高圧配電方式が採用されるにいたった。


 東京電灯の後発の大阪電灯は、交流高圧配電方式を採用し成功をおさめたので、直流低圧方式を採用していた東京電灯は交流高圧配電方式を採用することになります。

 交流を採用した結果でてきた問題が周波数の問題で、日本の電気はどうして50ヘルツと60ヘルツの2つがあるのか、ということになります。

10月21日は「あかりの日」です、をご覧ください
日本の電気はどうして50ヘルツと60ヘルツの2つがあるのか、をご覧ください
ダイヘンは、おかげさまで創立90周年。、をご覧ください

 海外旅行用変圧器は身近です。

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2009年11月30日

ダイヘンは、おかげさまで創立90周年。

 今日の日本経済新聞に「ダイヘンは、おかげさまで創立90周年。」の全面広告が掲載されています。設立されたのは、大正8年(1919年)12月1日、大阪府中津町で柱上変圧器の専門多量生産を開始しています。

 この広告を見ても、いつ大阪変圧器からダイヘンに社名変更したのか全く分かりません。意図的に大阪変圧器の名を消そうとしているのでしょうか。短縮語の法則によると、大阪変圧器は「大変」になり大変なことになるので、「たいへん」とは読みません。大阪を短縮すると「ダイ」と読みますので、「たいへん」ではなく「だいへん」となります。

 会社のあゆみを見ると、大正11年(1922年)11月に東京支社を開設していますが、翌年9月に関東大震災がありました。昭和5年(1930年)7月に工場を十三(現在地)に移転しています。

 昭和28年(1953年)11月に大阪証券取引所に株式上場、昭和36年(1961年)10月には東京証券取引所に株式を上場しています。そして、昭和60年(1985年)12月に大阪変圧器(株)から(株)ダイヘンに社名変更しています。翌々年の11月には、デミング賞実施賞を受賞しており、各部門でISOの認証取得しているのは、経営理念の「信頼と創造」によるものでしょう。

 神戸との関連でいえば、平成19年(2007年)10月には、人工島の六甲アイランドに六甲事業所が完成しています。

 広告では、電力機器、半導体・液晶・太陽電池製造用機器、溶接機・ロボットの3事業が主力事業となっていますが、主力製品系統図を見ると、柱上変圧器から出発し、昭和9年(1934年)3月に電気溶接機の生産を開始したことが、現在の主力製品の根幹技術となっているようです。

 ダイヘンの溶接機を見ると・・・

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2009年11月18日

今年のボジョレー・ヌーヴォーの解禁日は11月19日(木)です

 ボジョレーワイン委員会の発表によると、2009年ボジョレー・ヌーヴォーは、とても天候に恵まれ、2009年は選果の必要すらない素晴らしいヴィンテージとなり、並外れた年と言われた2003年と2005年をも超えるであろうと生産者たちは期待している、とのことです。

 今年も後数時間あまりで、今年のボジョレー・ヌーヴォーを楽しむことができます。

 ボジョレーワインの醍醐味が味わえ、「伝説のワイン100」に選出された「2009 マルセル・ラピエール ボジョレー・ヌーヴォー」や品質が高い果実が生み出す「2009ドメーヌ・デ・ニュグ ボージョレ・ヴィラージュ・ヌーヴォー」などもありますが、もっと身近に楽しめるボジョレー・ヌーヴォーもあります。

 ドン・キホーテではフランス産ワインの新酒「ボジョレー・ヌーヴォー」が750ミリリットルのペットボトル入りで、880円で販売されるそうです。解禁日の11月19日(木)午前0時に189店での売り出しとなります。大手スーパーのイオンでは980円、西友では890円で販売される予定ですので、お安く買うことができることになります。

ボジョレー・ヌーヴォー以外にも楽しめる一品がありそうです!
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2009年11月14日

とんでもないことになってしまった・・・

 良いニュースだと思って電話したら、とんでもないことになってしまった。

 日本経済新聞の夕刊に夕刊文化欄がある。今週の「こころの玉手箱」は女優の若尾文子さんが寄稿されている。その2回目の「仙台の旧市立図書館」(11月10日(火))に「当時の受け持ちの女の先生が、名古屋の方で80代だが、ご健在で、私が舞台に出ている時など公演を見に来てくださる。」とある。

 以前、母から中日新聞だったと思うが、若尾文子さんと受け持ちの女の先生とが御園座での公演後一緒に写っている写真が記事とともに掲載されていたのを聞いていたので、母が喜んでくれると思い「日経新聞にTさんのことが出ていたよ。その記事を送るわ」と言うと、実はTさんは10月25日に亡くなられたとのことだった。

 新聞に記事がでた時には、残念ながらもうご健在ではなかったのだ。Tさんのお嬢さんは勿論亡くなったことを若尾文子さんにお伝えしたそうだ。

 日本経済新聞夕刊の「こころの玉手箱」は先週が映画作家の大林宣彦さんで、来週は大創産業社長の矢野博丈さんとなっている。先週の大林宣彦さんの寄稿は読んだことのある内容だった。というのは、同じ日本経済新聞夕刊の「人間発見」で大林宣彦さんの記事が連載されていたからだ。

 「人間発見」という記事は「私の履歴書」のミニ版といったところで、出会いとか交流とか仕事中心に書かれているが、「こころの玉手箱」は物との出会いとか場との出会いを中心に書かれている。「こころの玉手箱」は新たに書かれたというよりは、「人間発見」が連載されるために一緒に書かれていて、後で再編集されたという趣になっている。来週の大創産業社長の矢野博丈さんも「人間発見」が連載されていた方だ。

 放送メディアは生番組から多くは録画番組となっている。そのため録画番組収録時には元気で活躍されていた方も、まれには放映時には残念ながら亡くなっている方もおられる。そのため断り書きのテロップが流されている。

 若尾文子さんも最近になって寄稿しているのではなく、かなり前に寄稿されていて、いつ掲載されるかあらかじめ伝えられていた日が編集者の事情により変更されることもありうるので、結果として寄稿当時はご健在であったのに、掲載時には残念ながら亡くなられてしまっていたということであろう。

 若尾文子さんの受け持ちの女のT先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
 合掌
posted by booknikoniko at 17:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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