2010年06月07日

イカは、漢字ではどうして「烏賊」と書くのでしょうか?

 世界のイカ漁獲量の半分は日本で消費されるらしい。イカ刺し、イカそうめん、イカめし、スルメ、のしイカ、イカ天等色々なイカ料理を楽しんでいます。

 その「イカ」だが、漢字ではどうして「烏賊」と書くのでしょうか?

 平成22年(2010年)6月6日(日)の日本経済新聞の歌人の小池光さんの「うたの動物記」では、今回イカがテーマとなっており、その疑問に答えてくれる。そのまま引用させていただくことにします。

 「イカだが、漢字では「烏賊」と書く。なぜか鳥のカラスが出てくる。どうしてかというと、イカはあたまのいい動物で、時に死んだふりをして海面にふらふら浮かぶ。カラスがしめたとばかり食いにかかると、突如反転して十本の腕で締め上げ、海中に引きずり込んで逆にカラスを食ってしまう。カラスにとって海賊であるから「烏賊」と書く。中国の古い伝承に基づく。」とあります。

 この伝承が本当なら、一度でいいからイカがカラスを十本の腕で締め上げ、海中に引きずり込むのをこの目で見たいものですだ。

 ところで、イカの頭は、眼と口のあるところだが、イカの足(腕のこと)は頭の前についています。頭の前に足がついているからこそ、「頭足類」というわけです。それにしてもすごい足のつき方をしているものです。

 イカは烏賊と漢字で書きますが、タコはどう書くのでしょうか。蛸と書きます。蛇と同じように虫へんなのが面白い!
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2010年06月05日

全盲のピアニスト、辻井伸行さんが優勝してもうすぐ1年!

 少年時代から全盲の天才ピアニストとして注目を集めてきた辻井伸行さんが2009年(平成21年)6月7日、米テキサス州フォートワースで開かれた最難関といわれる「第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール」で見事、日本人初の優勝を果たしました。

 その時の演奏を後日テレビで見ましたが、全盲というハンディは、天才ピアニスト 辻井伸行さんの才能の前には全く関係がないと言えるものでした。

 ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールは、チャイコフスキー国際コンクールの第1回の優勝者、ヴァン・クライバーンを記念して1962年(昭和37年)より原則4年ごとにアメリカのテキサス州フォートワースで開催されています。
 1969年(昭和44年)には、野島稔さんが第3回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで準優勝しています。


 ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール以外の国際ピアノ・コンクールについて、少し調べてみました。

★★チャイコフスキー国際コンクール★★
 東西冷戦のただなかの1958年(昭和33年)に旧ソ連が国威発揚を兼ねて始める。4年に1度開催。ピアノ、バイオリン、チェロ、声楽の4演奏部門に、1990年(平成2年)から弦楽器製作部門が加わる。1990年にはバイオリンの諏訪内晶子、1998年(平成10年)には声楽部門で佐藤美枝子(ソプラノ)が優勝。1994年(平成6年)には橋本剛俊がチェロ製作で1位。

 2002年(平成14年) 上原彩子がピアノ部門で日本人初、女性としても初めて優勝

★★ショパン国際ピアノ・コンクール★★
 ワルシャワで5年に1度開催。1927年(昭和2年)創設。ポーランドの音楽学校教授らが、母国が生んだ音楽家の作品が不当に評価されていることを憂え、国に働きかけて開催にこぎつける。
 1960年 ポリーニ(イタリア)優勝
   65年 アルゲリッチ(アルゼンチン)優勝
   65年 中村紘子、日本人初の入賞(4位)
   70年 内田光子、2位
   85年 ブーニン(ソ連)
   90年 優勝なし。110人の出場者が2次予選で15人に絞られ、うち7人が日本人。横山幸雄、3位、高橋多佳子、5位入賞する

★★エリザベートコンクール★★
 1937年(昭和12年)に始まり、バイオリンとピアノ、声楽の各部門のコンクールを4年に一度ずつ開いている。特にバイオリン部門は世界でも最も権威のあるコンクールの一つとして知られ、過去の入賞者からは世界的なバイオリニストが多数出ている。
 1980年(昭和55年)バイオリン部門で堀米ゆず子、日本人として初めて優勝
 1993年(平成5年) バイオリン部門で戸田弥生、優勝

★★ソフィア国際ピアノコンクール★★
 2004年(平成16年) 佐藤勝重が優勝、石川馨栄子が2位

★★ドイツ全国公共放送協会(ARD)音楽コンクール(通称「ミュンヘン・コンクール」)★★
 ミュンヘンのピアノ部門はモスクワのチャイコフスキー記念、ワルシャワのショパン記念などと並ぶ、世界でも最高峰のピアノコンクール。
 1983年(昭和58年) 伊藤恵が優勝
 1991年(平成3年)  2位に児玉桃、3位に寿明義和(1位は該当者なし)
 2006年(平成18年) 2位に河村尚子
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2010年05月25日

あなたも自分史を国立国会図書館に納本しませんか

 今日5月25日は、国立国会図書館への出版物の納入を義務付ける納本制度が始まった日で、「納本制度の日」です。

 昭和23年(1948年)5月18日、国立国会図書館は、6,000通におよぶ納本の依頼状を出版社・団体等に発送し、5月25日から納本の受付を開始しました。平成20年(2008年)納本制度60周年を記念し、納本受付開始の日である5月25日を「納本制度の日」と定めたものです。

 国立国会図書館の納本制度がありますが、それでは全ての出版物が所蔵されているのでしょうか。

 図書や新聞、雑誌等が多く納本されていますが、自費出版物や企業・団体等の記念誌、郷土資料等は、発行する方がこの制度を知らないこともありますので、納本されていないこともあるわけです。

 納本の対象になる出版物にはどういう物があるかと言いますと、図書、小冊子、雑誌、新聞、年鑑、楽譜、地図、マイクロフィルム資料、点字資料に電子出版物(音楽CDやゲームソフトも含まれます)などがあります。

 CDやDVD、CD−ROMなどの電子出版物は、IT時代を反映して、平成12年(2000年)の国立国会図書館法改正によってはじめて納本ができるようになりました。

 いつか自分史を国立国会図書館に納本したいものだ、と思っています。

 なお、昭和30年(1955年)5月25日には、岩波書店から約20万語を収めた国語辞典の「広辞苑」初版が発売されました。価格は2,000円でした。
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2010年02月15日

瀬戸内寂聴、小林秀雄を語る

 日本経済新聞の日曜日の紙面に瀬戸内寂聴さんが「奇縁まんだら」を連載されています。思わぬ登場人物や人間関係が登場してなかなか楽しめる連載物となっています。

 昨日(2月14日)は「小林秀雄、卓をどんと叩く」とあり、非常に興味あるタイトルとなっていました。面白かったのを引用すると「小林さんのヒステリーにも馴れてきた。長い車の道中にきいてみた。「先生、あまりお書きにならないようですけど、何で食べていらっしゃるのですか?」「ああ、骨董の鑑定だよ」「へえ、先生はそんなに目利きなんですか」「おれがいいと言えば、その品は、よくなるんだ」「うわあ!凄いですね。先生の鑑定料って高いんですか」「まあね、ほどほどに」」

 思わず笑ってしまったが、それは白洲正子のことが頭をよぎったからで、「そうだったんだ」と一人で合点したものです。

 今から40数年前に、小林秀雄さんを見たことがあります。横浜高島屋で法隆寺だったかさだかではありませんが、名品展を開催していて、「小林秀雄さんが来られる」というのを耳にはさんだ直後に、陶器の裏側を観ていたところにお嬢さんとお二人で来られたことがありました。陶器を観ている小林さんをガラス越しにじっと観ていたことがありました。非常に穏やかな優しい老人とお見受けしました。

 小林秀雄さんの文章は大学受験問題によく出ていたり、現代国語の教科書にも出ていたと思いますが、現代国語の先生が「小林秀雄の文章が難しいのは、文章を書いてからところどころ消しゴムで消すから、論理が飛躍するから難しいのだ」と冗談っぽく言ったことがありました。 

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2009年07月10日

今日7月10日は、岩波文庫創刊の日です

 今日は、岩波文庫創刊の日だそうだ。
 岩波文庫は、岩波書店が発行している文庫本シリーズの一つで、昭和2年(1927年)7月10日創刊
だ。

 久しぶりに岩波文庫の1冊を手に取り、裏表紙の前のページに掲載されている「読書子に寄す―岩波文庫発刊に際して―」を読んでみる。

 「読書子に寄す―岩波文庫発刊に際して―」は、「真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。」という格調高い文章で始まる。読み進めて行くと「吾人は範をかのレクラム文庫にとり、古今東西にわたって文芸・哲学・社会科学・自然科学等種類のいかんを問わず、いやしくも万人の必読すべき真に古典的価値のある書をきわめて簡易なる形式において逐次刊行し、あらゆる人間に須要なる生活向上の資料、生活批判の原理を提供せんと欲する。」という文章に出合う。そして、最後に「昭和二年七月」とある。

 昔、レクラム文庫に範をとる、とあるので、どんな本かと1冊買い求めたことがある。何の本だった全く覚えていないが、実家の倉庫のどこかに今も眠っているはずだ。

 レクラム文庫は、1867年の創刊で、ドイツの出版社のレクラム出版社が出版しているドイツ語の文庫本である。

 学生時代には、岩波文庫をよく読んだ。特に赤帯のドストエフスキーゴーゴリなどの文学作品をよく読んだ。岩波文庫には5つの帯があるが、持っているのは青帯と赤帯が多く、白帯と緑帯が少しある。黄帯は1冊も持っていない。青帯はたくさん持っているが、読み通した本は少ない。
 
 この帯の色だが、色の違いで分野を表現している。青帯が、思想・哲学・宗教・教育等の分野、赤帯が外国文学、白帯が政治・経済等、緑帯が日本の近現代文学、そして黄帯が日本の古典文学、という具合である。

 私が持っている岩波文庫のカバーはパラフィン紙で、定価は金額ではなく星印(★)で示してある。時が流れたことを実感する。

 岩波文庫以外にも、岩波少年文庫というのがある。岩波少年文庫は、昭和25年(1950年)の創刊で、岩波書店が児童書を出版する基となった。その中には、サン=テグジュペリの『星の王子さま』やミヒャエル=エンデの『モモ』のようなベストセラー、ロングセラーがある。

 岩波書店では、読書家の雑誌として『図書』を毎月発刊しているが、「岩波少年文庫」のような特集を組むことがある。

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2009年05月11日

スズメはどこに行ったのか

 今日(5月11日(月))の日本経済新聞夕刊に「スズメ、どこ行った?」という記事がある。記事の概要は、「最近、スズメの姿を見かけたろうか。古来より日本人の暮らしに身近な存在だったスズメ。だがこのところ個体数が急減しているという。」 本当にスズメは減ったのだろうか。

 朝、鳥の鳴き声の順番は、最初にカラス。今は5時前位にカラスが鳴く。これはカラスのねぐらから食料のあるゴミ処分場(焼却ではなく埋め立て)に出勤するためだと思われる。ゴミ処分場の近くにカラスが群れとなって食べる場所がある。その下には一番多いのがマヨネーズで、マヨネーズのふたを開けて中身をたべたり、ふたが開けられなかった時は、太いクチバシで穴を開けて中身を食べる。このあたりのカラスは、クチバシの太いハシブトカラスである。次に多いのが油菓子の袋だった。今から数年前にウォーキングコースの清掃作業を何度かやったことがあるが、その時の結果だ。

 カラスの次はウグイスである。大体5時から6時台によく鳴いている。今では早朝だけでなく昼間も臆することなく住宅地でどうどうと鳴くようになった。

 その次がスズメである。スズメが一番よく騒いでいるのが換気扇だ。余りうるさい時は換気扇をオンにして追払う。最近、スズメは水を求めて飛び回っている気がする。我が家のトイにたまった水を飲んだり、水浴びをしているようだ。スズメのねぐらは近くの楠である。1本だけでなく何本にもスズメのねぐらはある。著しくスズメが減ったという感じはこの辺ではしない。

 最近よく見かけるようになったのが、ハクセキレイである。舗装した道を元気に飛び跳ねながら歩いている。

 昨日(5月10日(日))、今年初めてオアスジアゲハを見た。去年は見た記憶がない。アオスジアゲハの幼虫や成虫が好む植生が多いので、昔はよく飛び舞っていたのに、急に姿が減ってしまった。気になっているのはアオスジアゲハだ。

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2009年05月08日

『フォーカス・リーディング 「1冊10分」のスピードで、10倍の効果を出す いいとこどり読書術』

 著者の寺田昌嗣さんは、2001年まで福岡県立高校で教師をしていたが、教員時代からパソコン教室をしてみたいという思いがあって、パソコン教室をスタートした。気がついたら速読教室になってしまったという。

 世の中には色々な速読術があるが、寺田さんの速読術は、速読なんだけど遅い、ことがポイントとなっている。現実的で、地に足のついた速読術で、1分間1,700字平均を目標としているそうだ。
 多くの速読術には、右脳と左脳の話や脳科学的な話が書いてあるが、この本には全くでてこない。
 その代わり「心・技・体」という切り口で書かれている。

 寺田さんが講師として開催する速読講座は、ビジネス速読講座で、講座受講者の7割は1冊10分で普通の読書と変わらないレベルで新刊書が読めるそうだ。残り3割の方は20分で、読書経験が低い人でも30分に1冊で読めるという。

 とりあえず読んでおこうという日常の読書では、スピードは落ちるので、自分はこういう情報を入手いたいとか、アウトプットするのにこれが必要だ、という明確なフォーカスがあると、本を読むのは楽になる。意識の使い方や目の使い方を変えるので、新刊書や新書レベルで1冊10分以上をかける必要性はなくなるという。疲れない読書になり、情報の拾い方が上手くなるのが、このフォーカス・リーディングのベネフィットとなる。

 著者の寺田さんは語る、「本を読むということは誰かに頼るということだ。速読でたくさんの本を読めばいいのではなく、自分を高めビジネスに生きる力を身に付けることが大事なのだ」と。
 また、語る、「手書きで脳をバリバリと働かせながら苦労して書いて、言葉を吟味する作業がないと、アウトプット力を高めたり、言葉や論理力を磨く、本当の力はつきません」と。

 加速度的に増え続ける情報、それを処理する情報処理能力が必要となるので、速読のニーズがあるが、この本は今までの速読術の本とは全く異なる、体育会系のノリで速読を身に付ける鍛錬本である。

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2009年04月25日

学ぶ、ということ

 北海道にいる知人から、遊びに来ないか、というお誘いがあり、ラムしゃぶと親子丼を食べに行くことにしました。親子丼といっても、鶏肉と卵ではありません。鮭といくらの親子丼です。

 この知人の方は、某市で、学習障害児や発達障害児のための学習教室をやっている方です。独自の教材を作って、障害児一人一人の学習状態に応じた学習を行っています。

 「あ」という音声と「あ」という文字とが結びついていないお子さんや、地理については大人も顔負けするほどよく知っているのに、文字(ひらがな)が書けないお子さんもいます。この子は文字が書けないだけでなく、読めないのですが、地理に関する知識は耳学問で学び、きちんと脳にその知識が蓄えられているようです。繰り返し学習しているので、順番通りであれば記憶で正しく読んでいますが、順番を変えると間違ってしまうのです。

 お子さんがなじんでいる声は、お母さんの声です。お母さんが教科書を読んだ録音した声を聴いて、今お母さんが教科書のどこを読んでいるのか、を必死で分かろうとしているお子さんもいます。
 そろそろ思春期となる頃には、女のお子さんが学習でなく、好きな男の子に会うためにこの学習教室に通うということもあるそうです。今回、実際にボランティアの方が、教えている所を見せてもらいましたが、この女のおこさんはお休みでした。

 当たり前に、教科書や本、新聞を読むということは、実は難しいことなんだ、ということを思い知らされます。「い」という音声と「い」という文字とが結びついていない、「いろ」という音声と「いろ」という文字とが結びついていない。「いろ」は「色」という漢字と結びついていない。「色」は抽象概念だから、「色」という「色」は存在していません。「赤(色)」とか「黄(色)」とか具体的に目に見える「色」として存在していますが、どう理解されているのかは分かりません。

 来られていたお子さんたちを見て、何よりも感じたことは、姿勢が悪い、ということでした。椅子に座る姿勢や普通座らない姿勢で椅子を使っていて、どうも姿勢がよくありません。学習能力を向上させることも大切ですが、姿勢を良くすることの方が大事では、と思い、知人にその旨をお話しました。

 運動させることで、運動能力を高め、学習能力を高める取り組みをされている教室はあるが、運動できる場所を確保することと、どう運動能力を高めていく取り組みをしたらいいのか分かる人材がいない、のでここでは取り組んでいない、とのことでした。

 挑戦は続きます。
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2009年04月24日

知の進化論を学ぶ

 人間が受精して誕生するまでの期間に「個体発生は系統発生を繰り返す」といわれるように生命の進化の過程を非常に短縮・濃縮した形で歩んでいる。これと同じように知についても言えるのではないだろうか。知にも進化論があるということである。

 高度情報化社会と言われる現代では産業革命の時代の知識レベルでは、生産活動や日常生活、そして教育は維持できない。新しいモノを産み出すには知の進化論を早く短くたどることが必要である。好きな科目と嫌いな科目があっても嫌いな科目だから学ぶ必要はない、という考えでは新しいモノを創造することは困難である。嫌いな科目であっても最低限知っておくべきレベルが存在する。嫌いな科目で営まれている知的活動について最低限知っておれば、バーチャルなモノをリアル化しようという場合に学ぶべき対象が見えてくるが、知らなければ何もみえてこず、従って感動させるような作品づくりは困難である。好きな科目や得意な科目を学ぶことが個性を発揮させる方策ではなくて、嫌いな科目で行われている知的営みがあることを学ばさせることが個性を発揮させるためには必要であると考える。嫌いな科目を学ばせないことは知の可能性を閉ざすことであり、知の進化に対する冒涜と言ってよい。学んだ知が役に立つかどうかは分からないが、自ら知のありようを学び考えることは役に立つことである。

 自立し専門性を有する人材育成には知の進化の過程を教えることが大事であり、受験に通るための技術学を教える教育(本来は教育と呼べる代物ではない)からは早く抜けることが人生を豊かにするのではないだろうか。大学生の学力低下が昨今叫ばれるが、知に対する謙虚さを教える教育の早期実施が必要である。少子化が問題となり学生の獲得に躍起となり始めている現在、楽な入学方法は知の退廃を生むのみである。
(「Siggraph99報告 〜バーチャルなモノをリアルな映像に見せるための執拗なこだわり〜」(平成11年8月29日)より引用)
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2009年04月23日

卒業文集の謎

 前から不思議に思っていたことがある。

 それは、いじめや不登校、病気などで不幸にも自らの命を絶った生徒、事件や事故などで早すぎる旅立ちをしてしまった生徒、殺人を犯したり事件や事故などを引き起こした加害者の生徒の小学校6年生の時の卒業文集の文字である。

 テレビに写し出されたり、新聞に出ている卒業文集には、漢字が全くなく、ひらがなばかりの文章や漢字が一文字しかない文章である。小学校6年生にもなって、どうして漢字のある文章が書けないのか、これが不思議だった。というより非常に奇異に感じたのだ。これがずっと謎だったのだ。

 過日、ゆとり教育のもたらす学力低下のテレビ番組があったが、それを見ていて驚いた。
 「総合学習の教材を作るのが忙しくて、漢字の書き取りや計算は学校で教えるのではなく、家庭で教えるように父兄にお願いしています」と小学校の教諭は言うのだ。昔の寺子屋もそうだが、学校は「読み書きそろばん」を教える所であり、「書きそろばん」を教えないというのは、教育を放棄しているに等しい。社会に出て、最低限の生きる力の拠り所が「読み書きそろばん」である。

 「書きそろばん」を家庭に委ねるのは、等しく社会で生き抜く力を平等に教えられればよいが、そうならないことは分かっている筈だ。考える力やコミュニケーション力は、その基礎に「読み書きそろばん」の力があってこそ、成り立つものだ。
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2009年04月11日

バタフライ効果

 安西冬衛の短詩に、一行詩「春」という代表作があります。本当にたったの一行です。

   てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた

 「てふてふ」といういかにも弱弱しい蝶が、おどろおどろしい「 韃靼海峡」という不気味な世界を渡って行く姿は、何をイメージしているのでしょうか。

 韃靼海峡とは、間宮林蔵によって海峡であることが確認された間宮海峡のことで、樺太(サハリン)とユーラシア大陸(北満州・沿海州)との間にある海峡のことです。

 この安西冬衛の短詩に対して、富沢赤黄男【とみざわ かきお】の代表句集『天の狼』(昭和16年)に次ような俳句があります。

   蝶墜(お)ちて大音響の結氷期

 韃靼海峡を渡つて行つた「てふてふ」は、寒さのためか結局渡り終えることができず、凍え死んだ蝶の物体の落下が引き金となって均衡が破れ、一挙に結氷し大音響が空間にむなしく響く。

 安西冬衛の一行詩「春」が発表されたのは、昭和2年。昭和2年といえば、昭和金融恐慌の年です。
昭和2年3月14日の衆議院予算委員会の中での片岡直温蔵相の「東京渡辺銀行がとうとう破綻を致しました」という失言をきっかけとして金融不安が表面化し、中小銀行を中心として取り付け騒ぎが発生しました。4月に鈴木商店が倒産し、そのあおりを受けた台湾銀行が休業に追い込まれました。

 「てふてふ」とは、実は第一次世界大戦後の不況を克服するための新天地を求めようとする日本人のことだったのかもしれません。

 片岡直温蔵相の「失言」により、多くの銀行が破綻・整理され、三井物産と三菱商事と天下三分を果たした鈴木商店もそのほとんどの借入金を台湾銀行に依存したために、倒産の憂き目をみたのは、いわば「バタフライ効果」にほかなりません。
 
 韃靼海峡を渡つて行つた「てふてふ」が、凍死し一挙に結氷し大音響が響くのも、「バタフライ効果」です。

 「バタフライ効果」とは、エドワード・ローレンツが1972年(昭和47年)にアメリカ科学振興協会でおこなった講演のタイトル『予測可能性-ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こすか』に由来するそうです。
 何気ない小さな要素の組み合わせでも、未来に大きな影響を与えることがある以上、これから未来はどうなるのかは全く分からない、ということです。

 サブプライムローンの延滞の増加により、2007年(平成19年)3月13日に大手のニュー・センチュリー・ファイナンシャルの経営破綻が懸念されるとしてニューヨーク証券取引所での取引が停止され、上場廃止が決まった、ことを引き金として、100年に一度と言われる経済恐慌も非常に代償の高くつく「バタフライ効果」であることには間違いありません。

 ロシアの作曲家ボロディンが作曲したオペラ『イーゴリ公』の第2幕の曲『だったん人の踊り』でも聴きましょうか。
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2009年04月10日

ごま

 いって食べたり、油をしぼる「ごま」は、漢字で「胡麻」と書きます。
「胡麻」に使われている漢字について、調べてみましょう。

 最初は、「胡麻」の「麻」です。
 「麻」が語頭にある言葉として、「麻布」「麻疹」「麻酔」「麻薬」「麻雀」「麻婆豆腐」などがあります。忘れてはいけないのに、麻生太郎首相がいます。川崎市に麻生区がありますが、「あさおく」と読みます。
 「麻」が語末にある言葉として、「亜麻」「大麻」「当麻」「快刀乱麻」などがあります。

 次は、「胡麻」の「胡」です。
 「胡」が語頭にある言葉として、「胡椒」「胡瓜」「胡桃」「胡弓」「胡坐」「胡散臭い」「胡蝶の夢」「胡蝶蘭」などがあります。
 「胡」が語末にある言葉として、「二胡」などがあります。

 「胡瓜」(きゅうり)は、中国で西方民族の事を「胡」(えびす)と言いましたので、西方から来た瓜という意味です。「胡麻」(ごま)や「胡桃」(くるみ)などと同じです。

 「胡蝶の夢」とは、「荘子が、蝶となり百年を花上に遊んだと夢に見て目覚めたが、自分が夢で蝶となったのか、蝶が夢見て今自分になっているのかと疑った」という『荘子(斉物論)』の故事によっています。
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2009年04月09日

七味唐辛子

 うどんやソバ、焼き鳥を食べる時にお世話になるのが、七味唐辛子。
 七味唐辛子なんですから、七つの味が入っているんでしょうね。調べてみました。

 エスビー食品では、「七味唐からし」で、「赤唐辛子、黒ごま、ちんぴ、山椒、麻の実、けしの実、青のり」で確かに七種類。
 ハウス食品では、「七味唐がらし」で、「唐辛子、ごま、陳皮、山椒、麻の実、けしの実、青のり」でこれまた確かに七種類でした。

 エスビー食品では、黒ごまなのに、ハウス食品では、ごまとなっていて、確かに白ごまが入っていました。
 七味唐辛子には、ごまが入っていたのですねえ。

 「ひらけ、ゴマ」が「Open sesame!」の訳語だということは前に書きましたが、「sesame」というと思い出すのが、セサミストリートです。
 ウィキペディアによれば、「『セサミストリート』の由来は、アラビアンナイト(千夜一夜物語)の『アリババと40人の盗賊』の中に出てくる呪文「開けゴマ(open sesame)」からきており、「宝物が隠されている洞窟が『開けゴマ』の呪文によって開いたように、この番組によって子供たちに新しい世界や知識の扉をひらいてほしい」という願いが込められている。」とのことです。

 多くのマペット(操り人形)が番組に出てきましたが、私が好きなのは、カウント伯爵でした。「count」には計算する、という意味があり、番組の中では、数を文字通りカウントしていました。ところが、この「count」には計算する、というほかに、伯爵という意味もあったのです。なかなか面白いネーミングです。NHKの教育テレビで見られなくなったのは残念です。
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2009年04月08日

シェヘラザード

 幼い時に母に買ってもらった1冊の絵本『アリババと40人の盗賊』。この『アリババと40人の盗賊』は、実はあの有名な『千一夜物語』(アラビアン・ナイト)の中にある物語のひとつです。『アラジンと魔法のランプ』も『千一夜物語』の中にある有名な物語のひとつです。

 『千一夜物語』は、千と一夜にわたって、毎晩毎晩語り継がれた物語ですが、この物語を語ったのが、シェヘラザードです。リムスキー=コルサコフ作曲の交響組曲『シェヘラザード』は、千一夜物語の語り手のシェヘラザードの物語をテーマとしています。

 交響組曲『シェヘラザード』の構成は、第1楽章《海とシンドバッドの船》、第2楽章《カランダール王子の物語》、第3楽章《若い王子と王女》、第4楽章《バグダッドの祭り。海。船は青銅の騎士のある岩で難破。終曲》となっています。

 この交響組曲『シェヘラザード』は、フィギュアスケーター安藤美姫さんの2006-2007シーズンSP使用曲で、この曲で2007年世界選手権女王になりました。

 今宵ごま料理を食べた後で、誰の指揮のオーケストラで、リムスキー=コルサコフ作曲の交響組曲『シェヘラザード』を聴きましょうか。
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2009年04月07日

開けゴマ!

 昔、幼かった頃、母に一冊の絵本を買ってもらいました。その絵本は『アリババと40人の盗賊』でした。
 『アリババと40人の盗賊』のお話には、何回も「ひらけ、ゴマ」という呪文の言葉がでてきます。
何で米粒よりももっと小さい「ゴマ」なんだろう。「ひらけ、ゴマ」とは随分妙な言葉だなあ、とずっと気になっていました。

 大学受験の時に、英単語を覚えるためには、旺文社の赤尾の豆単というのが受験生の定番でした。何回も何回も繰り返し勉強したので、ボロボロになってしまい、もう1冊買って、また勉強しました。
 英文解釈や英作文の時には、三省堂の『最新コンサイス英和辞典』を使っていました。もちろん英作文には、『最新コンサイス和英辞典』が主でしたが、『最新コンサイス英和辞典』も使っていました。

 『最新コンサイス英和辞典』でたぶん「set」という動詞のイディオムを調べようとしていた時でしょうか、たまたま「sesame」という単語が目に入り、その中に「Open sesame!」という英文があったのです。そこには「Open sesame!開けゴマ![Ali Baba の物語にある開門の呪文]と書かれていました。本当にびっくりしました。「ひらけ、ゴマ」とは、何のことはない、「Open sesame!」の訳語だったのです。この時、「sesame」は「ゴマ」だとしっかりと記憶されることになったのです。

 今、「ゴマ」の効用が注目されています。ゴマに含まれている成分の中で、最も特徴的な成分の「ゴマリグナン」には多くの種類がありますが、量が多いのは「セサミン」という成分です。この「セサミン」こそがパワーの源だからこそ、アラビアの人々は、ゴマが活力の元だということを知っていたからこそ、「ひらけ、ゴマ」だった、のです。「ゴマ」の力は大きな岩をも動かせるのです。
posted by booknikoniko at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉と脳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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