2009年09月17日

創業年を変更した神戸の洋菓子の会社の理由

 創業年を「SEIT 1921」から「SEIT 1909」に変更した神戸の洋菓子の会社がある。バウムクーヘンでおなじみのユーハイムだ。1909年創業だと今年で創業100年ということになる。

 一体どういうことなのか。洋菓子メーカーのユーハイムはこれまでドイツ出身のカール・ユーハイムが、横浜市に妻のエリーゼとともに菓子店「E・ユーハイム」を開業した1921年(大正10年)を創業年としていた。これをカール・ユーハイム夫妻が来日前に菓子職人として独立した1909年に改めたということだ。

 ロシア革命と関東大震災で神戸にきた菓子職人にマカロフ・ゴンチャロフがいる。神戸でチョコレートをつくり続けて80余年となるゴンチャロフ製菓となっている。マカロフ・ゴンチャロフと同じようにカール・ユーハイムにも大いなる変転がある。

 カール・ユーハイムは中国・青島で独立したが、第一次世界大戦で日本軍により占領された青島より捕虜として連行される。日本へ連行されたドイツ人菓子職人のカール・ユーハイム夫妻は広島県物産陳列館(現原爆ドーム)で開催された「ドイツ作品展示会」で日本初のバウムクーヘンの製造販売を行い、日本で初めてバウムクーヘンを焼いたとされている。

 1921年に横浜市に妻のエリーゼとともに菓子店「E・ユーハイム」を開業したが、1923年(大正12年)の関東大震災で店を失い、今度は神戸へと移り再び店を開くことになる。その後、日本、ドイツ両国が第二次世界大戦で負けたことにより、ユーハイム一家は国外退去処分となる。戦後再来日したエリーゼ・ユーハイム夫人を社長に迎えて会社組織化し、再出発するが一時経営が悪化する。その時、バターを納品していた河本春男らが出資し、再興したのが現在のユーハイムである。

 昨日(9月16日)から限定バウムクーヘンなどを販売するセール「100年祭」を百貨店で行っている。写真左上の六角形の箱が限定バウムクーヘンで「100JAHRE 100 BAUMKUCHEN」と書かれている。写真右上の包装紙は1921年創業のロゴとなっているが、下のカタログ右上には分かりづらいが創業1909年の新たなロゴとなっている。

ユーハイム.JPG


 今年の敬老の日は9月21日だが、混み合うシルバーウィーク前に実家に帰り、母の長寿のお祝いの品にします。

ロシアから神戸にやってきた菓子職人、をご覧ください
絶品!! 治一郎のバウムクーヘン、をご覧ください

posted by booknikoniko at 08:13| Comment(1) | TrackBack(0) | 神戸ブランド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
バームクーヘン美味しいですよね。
大変勉強になりました。
ありがとうございます。
 
"歴史を知らない人間は人間ではない"(仏哲学者)
はじめまして、七生です。(*'-'*)
参考になれば、幸いです。
※反米じゃないです。
 
『原爆は何故落とされたのか』
日本人よ、何故 "Yes, we can." と言えるのだ!?

「原爆投下が終戦を早めた」という説は、
アメリカが原爆投下を正当化する為に、
今も言い張っているウソ話である。
「日本を降伏させるのに原爆投下は必要なかった」
という事実は、とっくに証明されているのだ。
それこそTBSの特番、
『"ヒロシマ"あの時、原爆投下は止められた』
でもやっていたほどの常識だ。
※(某キャスター氏のコメントは人間理解の浅薄さを証明する情けないものだったが。)
http://matodoga.blog24.fc2.com/blog-entry-195.html

「天皇の地位保全」の条項さえ出せば、
原爆を投下せずとも日本は降伏すると
米国務次官・グルーは何度も主張した。
しかし大統領トルーマンは、
ポツダム宣言の草案から
「天皇の地位保全」を認める条項を
あえて削除した。
トルーマンは原爆を投下するまで
日本を降伏させたくなかったのだ!

○莫大な費用をかけて作った原爆を、
 議会対策の為にも使わなければならなかった。
○ウラン濃縮型と、
 プルトニウム型の2種類の原爆を、
 黄色いサルの住む都市で実験使用して、
 その効果を確かめる必要があった。
○戦後の世界秩序を巡って、
 ソ連のスターリンに
 脅しをかけておく必要があった。

原爆投下は終戦を早める為に
実行されたのではない!
ルーズベルトの急死で、
たまたま大統領になってしまい、
「つぶれた田舎の雑貨屋のおやじ」と言われて
全米国民の溜息を浴びていた
ハリー・トルーマンは、
自分の強さを誇示する為に、
何が何でも虫けら同然の日本人の上に
原爆を落としたかったのだ。
トルーマンは原爆を2個落とし、
目的を達成したら、グルーの案に戻り、
「天皇の地位保全」を日本に伝えた。
結局はトルーマンの計画通りに進んだのだ。
グルーの努力は実を結ばなかった!

『原爆を投下するまで日本を降伏させるな』
(草思社)の著者、鳥居氏によれば、
ルーズベルトは、日本との戦争が長引けば
中国が内戦になる可能性が高まると考え、
ドイツを降伏させたあと、
一日も早く日本を降伏させるために、
グルーを起用した。
ルーズベルトは「天皇の地位保全」を主張する
グルーに希望を託したのだ。
ところがルーズベルトの急死、
トルーマンの大統領就任によって、
グルーの対日政策は無視される。
日本を降伏させるわけにはいかなかったからだ!
原爆を落とすために!
 
日本が主体の正しい歴史を知るには
小林よしのり『戦争論』全3巻がおすすめです。
『ゴーマニズム宣言』『わしズム』ではイラクやアフガニスタンについて
マスコミが報じない正しい情報が得られます。
 
※ダニエル・エルズバーグ
元国防総省職員・平和運動家(米国)論文↓
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/mediacenter/article.php?story=20090821150520891_ja
 
【いわゆる従軍慰安婦について】
☆小林よしのりvs上坂冬子(対談)
http://www.ianfu.net/opinion/vs.html
☆古森義久氏が“従軍”慰安婦問題で米メディアに真っ向から反論
(日本語字幕あり)
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=216887
 
☆青木直人NLC(ニューズレター・チャイナ)「通信」
日本の核保有への警戒。
それは中国ばかりか米国も同様であり、
米中両国はこうした時期だからこそ、
鳩山民主党党首の『非核三原則を法制化』との発言に
狂喜乱舞しているはずです。
誕生する民主党政権は日本の「阿Q」政権となるでしょう。
大衆迎合と政治の混乱、祖国なきコスモポリタン、
時代への総括なき全共闘世代の狂い咲き。
これらがごっちゃになって、
日本の政治を間違いなく迷走させるでしょう。
NLC通信より http://aoki.trycomp.com/
 
☆--------------------------------------------☆
 
塩野七生『ローマ人への20の質問』より
Q:
憲法改正について、
もしもこの日本人にローマ人が助言を与えるとしたら、
どのように言うでしょうか。
 
A:
一部の日本人が主張するような、
普通の国になるための憲法改正ではなく、
普通の憲法にするための憲法改正を勧めるでしょう。
日本人は、ユダヤ教徒ではない。
日本国憲法は、神が人間に与えたものではありません。
ゆえにそれを死守するのは、自己矛盾以外のなにものでもない。
この自己矛盾から抜け出すのが、まずは先決されるべき課題ですね。
憲法改正には国会議員の三分の二の賛成を必要とし、
さらに国民投票で過半数を得る必要があると定めた第九十六条を、
国会の過半数さえ獲得すれば改正は可、とするように改めるのです。
これにも国会議員の三分の二の賛成と
国民投票での過半数が必要になるのは、もちろんのことです。
しかし、憲法改正条項である第九十六条の改正が成ってはじめて、
ユダヤ教徒でもない日本人が、
神が与えたわけでもない憲法にふれることさえ不可能という、
非論理的な自己矛盾から解放されることになる。
第九条を改めるか否かは、その後で議論さるべき問題と思います。

☆塩野七生が語った「アメリカなき後」の世界 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=2utTsXblu9w
 
〜世界が平和でありますように〜
Posted by 七生 at 2009年09月17日 14:02
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