2009年04月30日

女子プロゴルファーの脚

 日本の女子ゴルフトーナメントの一つに、日本女子プロゴルフ選手権大会がある。昔、千葉市に住んでいた時、五井カントリークラブで開催された第14回大会最終日(1981年9月27日)に見に行ったことがある。女子プロゴルフを見に行ったのは初めてだった。

 インスタート地点に近い林の中に、2人の女子プロゴルファーがいた。1人は白のショートパンツ、もう一人は白のミニスカートだった。2人の脚を見て驚いた。あまりに真っ黒だったので、黒のストッキングをはいているのかと思ったが、そうではなく、日焼けした脚だった。これにはショックを受けた。

 女子プロゴルファーとして飯を食っていくためには、真っ黒な脚になるまでに、毎日毎日練習しないとやっていけないことを教えてくれる。1日に千球打つとして、1年で365千球である。プロになるためには、最低でも数百万発打たないと、試験には合格できないだろうと思われる。それも単に打つだけではなく、色々な場面や気象条件、球質(例えば、バックスピンをかける)などを想定して、打っているだろうから、大変なことだと思われる。文字通り「継続は力なり」が、日焼けした脚だ。練習に練習を重ね、時間とともに成長した結果、プロゴルファーという資格を手に入れたに違いない。

 ギャラリーが多かったので、18番ホールの第2打付近でプレーを見ることにした。途中で拍手の音が聞こえてきた。16番ホールで鈴木美重子プロがホールインワンを達成したらしい、とのことだった。これはおしいことをしたものだと、その場に居合わせなかったことが悔やまれた。この大会での優勝者は、ホールインワンを達成した鈴木美重子プロだった。印象的だったのは、スタイリッシュできれいなスイングの■阿玉さんのセカンドショットだった。

 夜のテレビで、鈴木美重子プロがホールインワンと優勝を達成したスポーツニュースを見たことは言うまでもない。

   ■は、さんずいへん+余、と置きかえてください。
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2009年04月29日

ゴルフをやめた訳

 ゴルフクラブにゴルフバッグ、ゴルフシューズを粗大ごみで出してもう10年以上経つ。何故、ゴルフ用具一式を捨てたのか。色々理由がある。

 一番大きな理由は、ゴルフが面白くないからである。何故、面白くないのか。練習をあまりやらずにコースに出るのだから、いいスコアで回れるはずがない。ハンディも36で、なかなか少なくならない。これではゴルフを楽しめるわけがない。大叩きしないように前進あるのみ。

 二番目に、長時間拘束されることだ。日帰りならまだしも、泊り込みでないとプレーできないコースの場合もある。面白くもないゴルフに懇親のためとはいえ、貴重な時間を費やさせられるのは人生の大いなる無駄だ。得られるものは何もない。それに安月給の身では、月2回もお付き合いさせられるのはお小遣いも大変だ。高給取りはいいかもしれないが、同じようにゴルフ代を支出させられるのは、非常に迷惑な話である。同じ安月給の身同士でも、ゴルフをやるのはストレス解消になるから、というが、逆にゴルフはストレスが余計にたまるので、やらないに越したことはない。

 三番目には、ローカルルールの拡大解釈である。リプレースする必要が全くないのに、勝手にローカルルールを持ち出し、打ちやすいようにゴルフボールの位置を変えるのはフェアではない。グリーン上でも芝目を読むと称して、ラインを改善したりする。打つ前の素振りも多すぎる。気持ちのいいゴルフをしているとは、到底いえない。プレーしていてもこれでは面白くない。

 四番目として、ゴルフは野球やテニスなどの球技と違って、動いているボールを打つことはない。常に静止球を打つ。静止球を打つのは意外と難しい。リズムがつかめないからだ。動いているボールの場合は、打とうとしてリズムをとろうとしたり、相手の癖を見極めたり、相手の位置を見て狙いを定めたりと、常に自分に有利な状況を作り出そうと頭を働かせている。ゴルフは相手と向かい合ってするわけではなく、横並びのプレーで自分に有利な状況を作り出そうと頭を働かせている。動いているボールを打つことの方が楽しいし、相手により異なる球質を打つことの方が楽しみも多い。やられたら、今度こそ、と闘志もわいてくる。楽しみは次回におあずけだ。

 まだあるがこれぐらいにしておこう。
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2009年04月28日

テニスボール

 株主ギフトとして、テニスボールが届いた。以前は、ゴルフボールだけだったが、今回からテニスボールも新たに追加された。6缶入っており、これでこのテニスボールは、ゲーム用として楽しめるのはありがたい。昨年、株主ギフトが届いた時に、株主アンケートの葉書があり、ゴルフボール以外にテニスボールも対象にして欲しい旨の要望を書いた。早速取り上げられたところをみると、同じような要望が多かったようだ。この会社の売上は、9割がゴルフ事業で、残りの1割がテニス事業他のビジネス構造となっており、そういう意味では、ゴルフボールをギフト用品とするのは、悪いことではない。しかし、ゴルフ事業に大きく舵取りされており、次の柱を求めるのなら、ゴルフ以外の株主ファンを増やす方策も必要だ。

 この会社の株は、取引している証券会社から、新規に上場するので、ブックビルディングして、割り当てがあり、購入したものだ。テニススクールにずっと通っているが、このテニススクールの親会社が、今回テニスボールを送ってきた会社である。テニススクール人口が減ってきているので、どう増やすかが課題であるが、一スクール生としてではなく、一個人株主として考えるのも悪くはないからだ。

 今年も、この会社の株主総会に行く予定をしていたが、年度末でバタバタしてしまい、行く機会を失ってしまった。昨年、株主総会に出席したが、質問には色々面白いものがある。どこの株主総会でも必ず出てくる質問は、自分が買った値段より株価が下落している場合、経営者として株価が下がっている現状をどう考えているのか、という質問である。単なる個人的な恨みを、株主総会ではらそうとする個人株主は必ずいる。この会社の株価も、上場後ほんの短い期間だけ公募価格を上回ったが、すぐに一段安となり、現在では二段安、三段安と大幅安となっており、短期売買をしていなければ、すべての買った人は儲けていない(評価益はでていない)、状態なので、経営者に対して、恨み辛みを述べる気持ちは分からないでもない。こういう質問をする人の中には、事業報告書に述べられていない課題を質問して、解決策を提案する個人株主もいる。こういう人は、その会社のOBか、お取引先の方で、事情をよくご存知の方が多いと思われる。

 社外取締役や社外監査役が取締役会や監査役会にどうかかわったのかを質問する、株主も昨年いた。事業報告書の記述があいまいな記述だったため、そこをただしたものだった。何回会議が開催され、社外重役はどの会議に出席し、経営課題等に関して具体的に何を発言した、のかを穏やかに厳しく質問されていた。きちんとしたポリシーもなく、流行で社外重役をおき、単なる飾り物に多額の役員報酬を払うのは、いかがなものかというのは、全くその通りであるし、あいまいな記述に見られる経営を行っているから、株価も上がらない、と発言されたのはもっともであった。
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2009年04月27日

キャッチボール

 昔、野球少年だった。毎日毎日、野球ばかりをしていた。ピッチャーだった。特に左利きの野球少年は打撃力があった。打たれないように投球術を磨いた。上手い野球少年も多かった。

 大学に入って、多分2年生だったと思う。全く知らない同じ大学の他学部の学生から、心理テストをやるから実験に協力してくれないか、と言われた。知っていると心理テストに影響を与えるから、あなたを選んだんだ、と言われた。ある部室に連れて行かれ、心理テストは始まった。何を聞かれたか、は全く覚えていない。

 終ってから、一緒に学生食堂でお昼ご飯を食べた。その後で、いつもやるように、キャッチボールをすることになった。K君というその学生がボールを投げた。これは速い、と思った。今まで野球をやってきたけれど、こんなに速いボールを受けたことはなかった。こちらも負けてはならぬと、思い切り力を入れて速いボールを返球した。また、速いボールが来た。ボールが手から離れてから、こちらに来るまでの時間が速いが、力いっぱい投げてはいなかった。本当に軽くK君は投げていた。こちらも軽く返球するようにした。

 今まで野球のうまい、野球のできる仲間とキャッチボールをやってきたが、こいつは速い球を投げる、という感覚を持ったことは一度も実はなかった。K君は、普通にやっていて他の仲間より速いのだ。レベルが違うのだ。今まで付き合ってきた仲間は、球の速さだけでは、遅いと感じることはあっても、速いと感じることはなかった。明らかに軽く速く投げるレベルの奴がいるのだ、というショックを感じたのは、生まれて初めてだった。

 就職して、野球をする機会があった時、後輩に何人も甲子園出場組がいることを聞かされた。一度この甲子園組の後輩とキャッチボールをしたかったのだが、身近にはいなかったので、残念ながらキャッチボールをする機会を失ってしまった。甲子園出場組とK君と果してどちらが速いのかは、実際に自分で受けてみたことがないので分からないが、おそらくK君の方が間違いなく速いと思う。というのは、甲子園球場によく行き、一塁側や三塁側で間近にピッチャーのボールを見ていたから、スピードには慣れているからだ。ちなみに、K君は、背が高くて、バスケが好きだった。

 いくら速いボールを投げようと努力しても、最初から超えられない、生まれながらに圧倒的なレベルの持ち主がいる、ことを思い知らされたのだった。
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2009年04月26日

ダイエットの罠

 京都の鴨川べりの某所で、発達障害児・者の数人のお母さん方にお会いしました。皆さん美人です。ほとんど化粧らしい化粧もしていませんが、なぜか胸の下までもあるさらさらロングヘアです。そして、皆さん、非常にスリムなんです。ふっくらさがあまりなく、なぜかセクシーさに欠けるというか、色気をあまり感じられないのです。

 スリムなのは、今だからスリムなのではなく、結婚前からスリムなのです。ダイエットしたからスリムになった、らしいのです。

 気になるのは、後ろから見ると、骨盤あたりに安定感がなく、赤ちゃんを小さく産んで大きく育てようとしたようです。スリムな自分にこだわるあまり、栄養状態がバランスのとれたものとはならなかったようです。

 妊娠して、胎児に充分な栄養が行き渡らなかった恐れがあります。そのため、胎児の脳の発達に生まれ出てくるまでに充分ではなかったのかもしれません。出生前に、充分に脳が発達しなかったために、出生後に本来成長する脳に、何らかの正常とは言いがたい状況をもたらしていることが懸念されます。美しくありたい、美しく見られたい、という願いは大切です。あまりの過度のダイエットは、生まれいずるお子さんの脳の発達に、悪影響を与えていたとするならば、これはお子さんだけでなく、ご両親にとっても辛く悲しいことでしょう。
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2009年04月25日

学ぶ、ということ

 北海道にいる知人から、遊びに来ないか、というお誘いがあり、ラムしゃぶと親子丼を食べに行くことにしました。親子丼といっても、鶏肉と卵ではありません。鮭といくらの親子丼です。

 この知人の方は、某市で、学習障害児や発達障害児のための学習教室をやっている方です。独自の教材を作って、障害児一人一人の学習状態に応じた学習を行っています。

 「あ」という音声と「あ」という文字とが結びついていないお子さんや、地理については大人も顔負けするほどよく知っているのに、文字(ひらがな)が書けないお子さんもいます。この子は文字が書けないだけでなく、読めないのですが、地理に関する知識は耳学問で学び、きちんと脳にその知識が蓄えられているようです。繰り返し学習しているので、順番通りであれば記憶で正しく読んでいますが、順番を変えると間違ってしまうのです。

 お子さんがなじんでいる声は、お母さんの声です。お母さんが教科書を読んだ録音した声を聴いて、今お母さんが教科書のどこを読んでいるのか、を必死で分かろうとしているお子さんもいます。
 そろそろ思春期となる頃には、女のお子さんが学習でなく、好きな男の子に会うためにこの学習教室に通うということもあるそうです。今回、実際にボランティアの方が、教えている所を見せてもらいましたが、この女のおこさんはお休みでした。

 当たり前に、教科書や本、新聞を読むということは、実は難しいことなんだ、ということを思い知らされます。「い」という音声と「い」という文字とが結びついていない、「いろ」という音声と「いろ」という文字とが結びついていない。「いろ」は「色」という漢字と結びついていない。「色」は抽象概念だから、「色」という「色」は存在していません。「赤(色)」とか「黄(色)」とか具体的に目に見える「色」として存在していますが、どう理解されているのかは分かりません。

 来られていたお子さんたちを見て、何よりも感じたことは、姿勢が悪い、ということでした。椅子に座る姿勢や普通座らない姿勢で椅子を使っていて、どうも姿勢がよくありません。学習能力を向上させることも大切ですが、姿勢を良くすることの方が大事では、と思い、知人にその旨をお話しました。

 運動させることで、運動能力を高め、学習能力を高める取り組みをされている教室はあるが、運動できる場所を確保することと、どう運動能力を高めていく取り組みをしたらいいのか分かる人材がいない、のでここでは取り組んでいない、とのことでした。

 挑戦は続きます。
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2009年04月24日

知の進化論を学ぶ

 人間が受精して誕生するまでの期間に「個体発生は系統発生を繰り返す」といわれるように生命の進化の過程を非常に短縮・濃縮した形で歩んでいる。これと同じように知についても言えるのではないだろうか。知にも進化論があるということである。

 高度情報化社会と言われる現代では産業革命の時代の知識レベルでは、生産活動や日常生活、そして教育は維持できない。新しいモノを産み出すには知の進化論を早く短くたどることが必要である。好きな科目と嫌いな科目があっても嫌いな科目だから学ぶ必要はない、という考えでは新しいモノを創造することは困難である。嫌いな科目であっても最低限知っておくべきレベルが存在する。嫌いな科目で営まれている知的活動について最低限知っておれば、バーチャルなモノをリアル化しようという場合に学ぶべき対象が見えてくるが、知らなければ何もみえてこず、従って感動させるような作品づくりは困難である。好きな科目や得意な科目を学ぶことが個性を発揮させる方策ではなくて、嫌いな科目で行われている知的営みがあることを学ばさせることが個性を発揮させるためには必要であると考える。嫌いな科目を学ばせないことは知の可能性を閉ざすことであり、知の進化に対する冒涜と言ってよい。学んだ知が役に立つかどうかは分からないが、自ら知のありようを学び考えることは役に立つことである。

 自立し専門性を有する人材育成には知の進化の過程を教えることが大事であり、受験に通るための技術学を教える教育(本来は教育と呼べる代物ではない)からは早く抜けることが人生を豊かにするのではないだろうか。大学生の学力低下が昨今叫ばれるが、知に対する謙虚さを教える教育の早期実施が必要である。少子化が問題となり学生の獲得に躍起となり始めている現在、楽な入学方法は知の退廃を生むのみである。
(「Siggraph99報告 〜バーチャルなモノをリアルな映像に見せるための執拗なこだわり〜」(平成11年8月29日)より引用)
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2009年04月23日

卒業文集の謎

 前から不思議に思っていたことがある。

 それは、いじめや不登校、病気などで不幸にも自らの命を絶った生徒、事件や事故などで早すぎる旅立ちをしてしまった生徒、殺人を犯したり事件や事故などを引き起こした加害者の生徒の小学校6年生の時の卒業文集の文字である。

 テレビに写し出されたり、新聞に出ている卒業文集には、漢字が全くなく、ひらがなばかりの文章や漢字が一文字しかない文章である。小学校6年生にもなって、どうして漢字のある文章が書けないのか、これが不思議だった。というより非常に奇異に感じたのだ。これがずっと謎だったのだ。

 過日、ゆとり教育のもたらす学力低下のテレビ番組があったが、それを見ていて驚いた。
 「総合学習の教材を作るのが忙しくて、漢字の書き取りや計算は学校で教えるのではなく、家庭で教えるように父兄にお願いしています」と小学校の教諭は言うのだ。昔の寺子屋もそうだが、学校は「読み書きそろばん」を教える所であり、「書きそろばん」を教えないというのは、教育を放棄しているに等しい。社会に出て、最低限の生きる力の拠り所が「読み書きそろばん」である。

 「書きそろばん」を家庭に委ねるのは、等しく社会で生き抜く力を平等に教えられればよいが、そうならないことは分かっている筈だ。考える力やコミュニケーション力は、その基礎に「読み書きそろばん」の力があってこそ、成り立つものだ。
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2009年04月22日

おしゃれなノルディックウォーキングにチャレンジしてみませんか

 おしゃれなノルディックウォーキングってご存知ですか。

 ノルディックウォーキングは、北欧でクロスカントリースキー選手の夏場の体力維持・強化対策としてスタートしたトレーニング方法が始まり、と言われています。当時はノルディックスキーに使用するポールの長さと同様の、肩まであるものを使用しており、なれた人にしかできないトレーニングでした。

 ウォーキング用に短く改良したストックを2本使って、1997年にフィンランドで本格的に始まりました。瞬く間にフィンランド国内に普及したのは、最も運動効率の高い全身運動であると認められたからです。

 ノルディックウォーキングは、ストックウォーキングとかポールウォーキングとも呼ばれ、近年、世界各国に普及しています。

<<ノルディックウォーキングをおすすめしたいのは、こんな方々です>>
  ★何かスポーツを始めたいとお考えの方
  ★効率のよい運動効果をお求めの方
  ★体重が気になる、ダイエットをお考えの方
  ★心肺機能の強化や動脈硬化、高血圧などの生活習慣病予防に
  ★運度不足を解消したいとお考えの方
  ★メタボリックシンドローム対策をしたい方
  ★リハビリテーションでより歩けるようになりたい方
 こんなお悩みをお持ちの方には、ぜひノルディックウォーキングをおすすめいたします。

<<ノルディックウォーキングの健康づくりの効果は?>>
@ 心臓疾患の予防・改善
A 肥満、動脈硬化・高血圧の予防・改善
B 糖尿病の予防・改善
C 生活の余力の増加(疲れにくくなる)
D 粘り強い筋肉と平衡機能の向上(倒れにくくなる)
E 骨からカルシウムの脱出を予防(骨粗しょう症の予防)

<<ノルディックウォーキングの運動効果は?>>
@ 適正な長さのポール(ストック)を持つことにより、姿勢が良くなり、腰にかかる負担が軽減され、背筋が伸びます。
A 脚だけでなくポール(ストック)を有効に使うことによって、腕から胸部にかけての上体の筋肉をも使い、通常のウォーキングに比べ運動効率を約20%アップします。血行が良くなり肩こり解消にも効果的です。
B ポール(ストック)を使うことにより、いわゆる2足歩行から4足歩行となり、足腰への負担が軽減されますし、転倒の抑止効果にもなり下肢に不安のある方にも安心して行っていただけます。
C 一時間あたり400キロカロリーを消費する事ができます。(通常のウォーキングでは280キロカロリーの消費)
D 通常のウォーキングと比較すると、ノルディックウォーキングは上半身を含むエクササイズになりますので約40〜50%増しのエクササイズ効果があります。また、専用のポール(ストック)を使うことで、脊髄にかかる負担を軽減することができます。実験から、ポール(ストック)を使用すると膝の関節や脊髄にかかる負担を約5kg/歩軽減するという結果が出ており、また目線をまっすぐ、背筋を伸ばし正しい歩行姿勢をした場合は約8kg/歩までの負担を軽減するという結果が出ています。
E 有酸素能力・筋力・柔軟性と3つの要素をバランス良く向上させることができます。


日本ウォーキング協会、ノルディックウォーク推進委員会のホームページを参考にしてご紹介しました。

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2009年04月21日

神戸事件(続)

 では、責任を一身に負わされ切腹した滝善三郎(瀧善三郎正信)はどこに弔われているのだろうか。

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 昭和44年5月「瀧善三郎正信碑」は能福寺境内に移設された。
この経緯については、瀧善三郎正信碑の傍に「瀧善三郎正信碑」説明文がある。説明内容は次の通りである。

      この碑はもとこの地から約一〇〇メートル東の南仲町の
永福寺に建立されていた「神戸事件」の瀧善三郎碑である。
      明治元年一月十一日開港間もない神戸の現在の三宮神社
     附近で西宮警備の命をうけた備前藩士の行列を横切った
     外国人を傷つけたのが発端で衝突事件となり、いわゆる
     神戸事件として大きな国際問題となった。
     備前藩では藩士の瀧善三郎正信を責任者として切腹せし
      めることによりその解決を図り、同年二月九日各国代表者
      の立合いのもとに永福寺において従容として割腹した。
     時に三十二才。
      幸いにして、この事件は一応の解決を見たが市民はその
     けなげなさに感激して碑を建立した。この度百回忌を迎え
     るに当り能福寺の浄域に移設した。

       昭和四十四年五月  神戸市長 原口忠次郎


 この能福寺には、日本三大佛の一つの兵庫大佛と「現在わが国最大の国際貿易港として、繁栄せる神戸港湾の基礎を造った根元としての平清盛公に対して今、報恩謝徳の意を込めて、ここに安らかにお眠りになる廟を造り奉る」平清盛公墓処がある。

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 兵庫大佛  日本三大佛の一つ
大きさ  尊像身丈 高サ 11.00m
重  量     約60ton
蓮 台  高サ  3.00m
台 座  高サ  4.00m
総高(地上)  18.00m
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2009年04月20日

神戸事件 〜高塚山の森を歩こう会(2)の補足〜

徳川幕府瓦解直前に、徳川幕府は生麦事件のような外国人との無用の摩擦を避けるために、徳川道を完成させたにもかかわらず、神戸事件は起こった。

 神戸開港早々に、三宮神社前の西国街道で神戸事件が発生した。「郷に入りては郷に従え」という諺があるが、外国兵が日本の風習を無視したにもかかわらず、いわばグローバル・スタンダードとしてのパワーポリティックスに時の政府が屈服させられた事件といえる。

 三宮神社の浜側は旧神戸居留地で、十字路を挟んで対面(西南角)に大丸神戸店があり、大丸神戸店北側正面の舗道に「神戸外国人居留地跡」の碑が建っている。三宮神社の境内には「史蹟 神戸事件発生地」の石碑と並んで、事件の概要を和洋両文で記した説明板がある。

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 説明の内容は次の通りである。

明治維新 神戸事件概要

 神戸開港早々の明治元年正月十一日尼崎へ出向を命ぜられた岡山備前藩の隊士の行列が三宮神社前を通過するとき神戸沖に停泊中の外国軍艦の乗組員数名が行列を横切った 

隊士の滝善三郎正信は日本の風習から無礼を怒って相手を傷つけた それがもとで外国兵と備前藩士の一行との間に砲火を交える騒ぎとなった その結果神戸の街は外国兵によって一時占領されてしまった

同月十五日東久世通禧は勅命で神戸へ来て 明治維新で天皇新政となったことを初めて外国側に知らせ 同時にこの事件について交渉をした 結局滝善三郎は責任を一身に負い 外国人代表ら立合いの面前で切腹して問題は解決した


 神戸の中心地である三宮の名称はこの三宮神社に由来する。
 三宮神社の祭神は湍津姫命(たきつひめのみこと)で、交通安全と商工業の繁栄を守る神、知恵授けの神として信仰があつい。
 三宮神社だけでなく一宮神社から八宮神社まであり、いずれも生田神社の末社の一つといわれる。(続く)

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2009年04月19日

高塚山の森を歩こう会(5)

 「高塚山の森を歩こう会」ができて、新たに知ったことは「古墳」があったことだ。正式には「高塚山古墳群」という。神戸市教育委員会が平成6年3月に『高塚山古墳群発掘調査概要』という調査概要書を報告しているので、以下必要箇所を引用する。

 序文には「高塚山古墳群は、明石海峡に面し、紀淡海峡から瀬戸内海に浮ぶ淡路島や小豆島をも見渡すことのできる小高い丘陵上の絶景の地にあります。今回は総数15基の中の9基の古墳を発掘調査しました。」とある。高塚山古墳群は確認されている古墳は全部で15基あり、うち9基の古墳を発掘したということだ。その9基の古墳とは、1〜9号墳と命名された古墳である。この「発掘調査は資材置場造成に伴うもので、神戸市教育委員会が東候物産株式会社から委託を受けて、実施したものである」そうだ。

 高塚龍神社の鳥居には、「東候物産株式会社」が奉納したことが刻まれているが、この調査概要書により、鳥居を東候物産株式会社が奉納した理由が分かる。高塚龍神社の拝殿の傍に「御祭神 御由緒」があるので、そのまま記述する。「高塚竜神様は、その昔、近江の竹生島より勧請され、高塚山の頂にお祭りされている神様で、縁結び、安産、病気、商売、事業、進学等の上に、あらたかな御神徳があり、一旦事ある時は、雲をよび嵐となって、天空をかけめぐり、悪をいましめ、正しき願いは必ずかなえて下さる、大願成就の神様です。」とある。この神社の御神体は、本殿左横(参拝者からは右側)に鏡が置いてあるが、古墳から出土した鏡であるらしい。

 今回調査された1〜9号墳の9基の古墳は、高塚山古墳群15基の全体の中では、南半分に位置している。10〜13号墳の4基の古墳は、高塚龍神社近在に位置し、残りの14〜15号墳の2基の古墳は、高塚龍神社から少し離れた東北東に位置している。1〜9号墳が現在どうなっているかは、調査概要書にある空撮された写真や地図と境内からの風景とを見るのだが、よく分からない。同じ場所には行けないので、写真が撮影された当時から現在もある建物と角度を考えてみてもよく分からない。風景は、阪神・淡路大震災後に建てられた復興住宅や新たに開発された住宅地があるので、調査当時とは大きく風景が変わっているにしても、どこなのかが分からない。1号墳だけが発掘調査後、埋め戻されて古墳の形をしたような形状となっているような気がするが・・・。

 9基の古墳は、いずれも横穴式石室の埋葬施設で、2号墳からは神戸市内で初めての発見となった線刻画が描かれている横穴式石室が発見された。9号墳からも線刻画が描かれている横穴式石室が確認された、とのことである。(調査概要書p.1)

 ところで、高塚山古墳群の近くには、五色塚古墳、大歳山遺跡公園、明石原人発見地、明石象化石発掘地がある。高塚山古墳群、五色塚古墳、大歳山遺跡公園は神戸市垂水区にあり、明石原人発見地、明石象化石発掘地は明石市にある。神戸市は、摂津の国と播磨の国にまたがる市で、地政学的にはおかしな市である。今は神戸市垂水区となっているが、もともとは明石郡であり、五色塚古墳、大歳山遺跡公園、明石原人発見地、明石象化石発掘地のすべては、明石郡ということになる。瀬戸内海の穏やかな気候で暮らしやすかった土地だと言える。明治維新後に別荘地となったのも、暮らしやすかった土地だからとも言える。

 なお、五色塚古墳は、兵庫県下最大の前方後円墳だ。 
 明石原人は、昭和6年(1931年)4月18日、兵庫県明石市の西八木海岸において民間人・直良信夫が、古い人骨の一部(右寛骨)を発見した。
 明石原人を発見した直良信夫の発掘により縄文時代の土器が出土したのが、大歳山遺跡である。

(注)松本清張が1955年に発表した短編小説「石の骨」は、明石原人の骨を昭和6年に発見した直良信夫がモデルである。
(続く)
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2009年04月18日

高塚山の森を歩こう会(4) 植物観察記:「ムベ」「アケビ」「サンキライ」の花の写真をアップします

 4月12日(日)に北側入山道がオープンされたが、どうやら近隣住民の手軽で身近な散歩コースとなりつつあるようだ。わが家からこの北側入山道には5分、ここから頂上の高塚龍神社まで15分、片道計20分の散歩コースで、往復では40分となる。実際には、頂上で眺望するので、1時間位となる。

 散歩というか、ウォーキングのいいところは、身近にある史跡や色々面白いモノに出会えることや、同じ道でも四季により違った風景を楽しめることだろう。

 今日は、高塚山の森を歩こう会(4)として、新たに知ったもう一つのことを書こうと思っていたが、次回に回すことにして、昨日「キクモモ」の写真を撮った後で、高塚山に登って、植物観察らしきことをしたので、その写真をアップしたいと思う。

 1枚目は、「ムベ」の写真だ。「ムベ」はあけび科のツル植物だ。「アケビ」が落葉し、果実は開くが、「ムベ」は常緑で、果実は普通は裂けない。「ムベ」は別名を「トキワアケビ」と言うそうだ。

ムベの花.JPG


 2枚目は、「アケビ」の写真だ。そう言えば、「アケビ」の開いた実はよく目にするが、それは秋の季節であり、「アケビ」の花を見るのは初めてのことだ。あまり注意したことがないということになる。「アケビ」の花は雌雄異花で、一房にオバナとメバナがある。大きい花がメバナで、先につく小さい花がオバナだ。

アケビの花.JPG
 

3枚目は、「サンキライ」の写真だ。「サンキライ」は「三嫌い」と書くのではなく、「山帰来」と書く。正式な名前は「サルトリイバラ」で、枝にトゲがあり、猿がひっかかって捕らえられると言う意味で名付けられたそうだ。「サンキライ」の葉は、お餅をくるむのによく使われている。もうじき端午の節句で、柏餅を食べるが、柏の葉で餅をくるむのと同じ意味合いである。それは、抗菌作用があるらしく、民間薬として毒消しに使われていることからも分かる。

サンキライの花.JPG
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2009年04月17日

「マムシグサ(テンナンショウ)」と「キクモモ」の花を見たことがありますか

 裏庭に「マムシグサ」の花が咲きましたので、アップします。
 「マムシグサ」は、まっすぐに茎が伸び、花がマムシがいかにも頭を持ち上げて威嚇しているように見えるので、そう名づけられた、と思われます。

 「マムシグサ」は、別名「天南星(テンナンショウ)」とも呼ばれます。

マムシグサ.JPG

 
もう少し、花をアップして見ましょう。


マムシグサ少しアップ.JPG


 神戸市営地下鉄 総合運動公園駅の近くに「コスモスの丘」があります。電車の中から「キクモモ」の花が鮮やかに見えます。春は、コスモスではなく菜の花が丘一面に咲き誇ります。黄色の花は菜の花です。

キクモモ全景.JPG

 
「キクモモ」の花を間近に見てみましょう。


DSC00341.JPG
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2009年04月16日

高塚山の森を歩こう会(3)

 「高塚山の森を歩こう会」ができて、今まで単なる丘だと思っていた所が実は高塚山だと、初めて
知った。もともとこのあたりは、1985年(昭和60年)の神戸で行われたユニバーシアードの選手村として山を切り開き新たに開発されたところである。このユニバーシアードでは、女子マラソン大会で炎天下の中、深尾真美さんが快走して2時間44分54秒の大会新記録で優勝したのは、感動ものであった。

 この地に来てしばらくは蝉の鳴き声を聞いたことはなかったが、アブラゼミの鳴き声を聞くようになったのは、きっと7年後のことだったのだろうか。開発で蝉の幼虫がおそらく全滅したが、木々の生長とともに蝉も卵を産み付けるようになったのだろう。

 高塚山の北側は金網で覆われているが、これは神戸淡路鳴門自動車道のトンネルがこの山の山中を通っているから、ずっと入山できないものと思ってきた、否、思わされてきた。この地に入居する時の条件に、神戸淡路鳴門自動車道の工事車両や工事、完成後の車両走行による騒音がある、ことは知らされてきたことでもあった。人が入らないから、鳥たちのいわば楽園としてこの高塚山はずっとあった。今の季節、特に鶯がよく鳴いている。もう少したつとほととぎすが朝方に鳴き出すだろう。

 徳川道が、住んでいる身近にあったとは考えたこともなかった。徳川道が注目されたのは、大丸神戸店の向かいにある三宮神社の鳥居前で起きた神戸事件である。この神戸事件については、別に述べることにしたい。

 高塚山の山頂に高塚龍神社という神社があるも初めて知ったことだ。山頂からの眺望は非常に良い。山とは思わずたいしたことはない丘だと思っていたのは、とんでもない間違いだったことが分かる。淡路島、明石海峡大橋、天気がよければ小豆島も見えることだろう。造成中の宅地開発、鉄拐山や、おらが山、高取山、菊水山などの山々、神戸グリーンスタジアム(ネイミングライツでスカイマークスタジアムと呼ばれているが)、神戸グリーンアリーナ、ユニバーシアードが開催されたユニバー記念競技場などが一望に見渡せる。昔の人は足元が悪い所でも、良い所に目をつけたものだと感心する。(続く)
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2009年04月15日

「えびね」と「春蘭」の写真をアップします

 楽天ブログ ネタマガジン [2009_04_14]の「明日、4月15日は、どんな日?」のメールがきた。
それによると、誕生花は、えびね。
       花言葉は、“謙虚な願い”。
       誕生石は、パール(Pearl)。
       宝石言葉は、“健康・長寿”です。
とのことです。

ちょうど庭の植木鉢に「えびね」の花が咲いていましたので、アップします。少しいじけた状態の花になっていますが、別の植木鉢が数鉢ありますので、きっとにぎやかにきれいに咲いてくれると思います。

エビネラン.JPG





















 根っこがエビの体に似ていることから、「えびね」と呼ばれているそうです。

 5年前の4月20日に、携帯で撮った「えびね」もあわせてアップします。

20040420_1019エビネラン.jpg










 「えびね」の隣に「春蘭」も咲いていますので、こちらもアップします。
 この「春蘭」は亡き父が大好きだった花だ、ということを七回忌の法要後の会食で、父の弟達が語ってくれました。昭和恐慌で保証人となっていたため破産し、田舎での坊ちゃん暮らしと決別した実家の裏庭にたくさん春蘭が咲いていたそうです。きっと亡き父は、春蘭を見つけるたびに、幼い頃を思い出していたのでしょう。

春蘭.JPG
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2009年04月14日

高塚山の森を歩こう会(2)

 平成21年1月1日、新年初日の出を拝むために、高塚山に登る。「新年のご来光の礼拝」開催案内の町内の回覧や西側入山道付近の金網への案内で50人近くの住民が集まる。残念ながら山裾を低く雲が立ち込め、晴れ上がる気配は全くない。日の出の時間は、午前7時7分である。雲が薄くなっている所から薄明かりが漏れてはくるが、日の出の瞬間は拝むことができなかった。それどころか雪が舞い始める始末だ。日の出時間から35分位経った頃、山裾に立ち込めた雲の上限をようやく突破し、陽光が差し込んでくる。

 「高塚山の森を歩こう会」ができて初めて知ったことの一つに「徳川道」がある。今住んでいる身近な所に「徳川道」があったとは驚きであった。
 「徳川道」とは、西国街道のバイパスである。正確には「西国往還付替道」(以下、「徳川道」と称する)で、兵庫開港をせざるをえなくなって、生麦事件に見られる外国人との摩擦を回避するために、東西に通ずる西国街道を迂回するバイパスである。兵庫開港は、繁華街である兵庫を避け、あまり人が住んでいない神戸を開港し、そこに外国人が貿易や居住するための外国人居留地を造成することになる。外国人居留地は、日本にありながら、関税自主権はなく、日本の警察権限が全く及ばない治外法権の地で、不平等極まりないものであった。

 徳川道は、大蔵谷(朝霧)−高塚山−白川−藍那−小部−摩耶山裏−杣谷−石屋川、の道筋である。播磨と摂津の両国にまたがる道である。徳川道は、工事を請け負った谷家をはじめとする史料で完成されていたことが現在では分かっている。幻の徳川道と言われるが、構想だけで未完成に終ったから幻と言われていたのであろうが、実際には完成していたのだから、この工事を命じた徳川幕府が瓦解したからの幻となる。徳川道は、現在では神戸市民を中心としたウォーキングコースとなっている。参勤交代のために用いられたことは結局なかったが、道幅は参勤交代ができる幅を確保したものとなっていると言えるだろう。

 高塚山の頂上の北側下を山陽新幹線の高塚山トンネルが走っており、そのトンネルと神戸淡路鳴門自動車道の高塚山トンネルが山腹で交差している。高塚山から白川への道の途中の分岐した所に、本堂が国宝で、国の重要文化財が仁王門、阿弥陀如来坐像などがある太山寺がある。高塚山から太山寺に分岐するまでの道は、現在では神戸淡路鳴門自動車道となっており、歩くことはできなくなっている。これこそが徳川道が分断されて、幻の徳川道にふさわしいだろう。(続く)
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2009年04月13日

高塚山の森を歩こう会

 昨日(4月12日(日))、高塚山 北入山道の道開きが行われた。

 今住んでいる所は、山を切り開いた新興住宅地で、地名もいかにも新しく開発したことを表す便宜的な機能的な名称である。近くに標高186メートルほどの山がある。新興住宅地の標高が80メートル位なので、実際には100メートルほど登ればいい。身近にある山なのに、金網で覆われ登ることができない山だった。

 同じ思いを抱いている住民が実は何人も何人もいたのだ。昨年11月末に「高塚山の森を歩こう会」という住民による任意団体が発足した。そう、この山は高塚山というのだ。この山には、山の中腹を貫通している約1200メートルほど長さの高塚山トンネルがある。このトンネルは、神戸淡路鳴門自動車道にあり、明石海峡大橋につながっているのだ。明石海峡大橋は、長さ3911メートル・主塔の高さ298.3メートルの吊橋だ。

 「高塚山の森を歩こう会」ができて初めて知ったことがたくさんある。この山には登れないと思っていたのだが、住んでいる北側からは確かに登れない。しかし、普段車ばかりの通行で、歩く人がほとんどいない道に全く目立たない、よく注意しても気づかない側道が西側にあったのだ。

 昨年12月に初めて、見落とさないように注意しながら、西入山道より登った。西入山道は、若葉学園の向かい側で、昨年8月に突如民事再生手続きの申し立てをしたアーバンコーポレイションが開発中の北側にあるきわめて分かりにくい道である。最近できた道ではないことは分かったが、頂上への道は分からなかった。ただ倉庫のような建物が枯れた木々の間から覗いていたが、道は見当たらなかった。

 その後、「高塚山の森を歩こう会」のメンバーにより、傾斜の緩い箇所を選んで頂上への道が新たに造られた。倉庫のような建物は実は、高塚龍神社の本殿、だった。手前には拝殿、鳥居、ちょっとした広さの境内があった。鳥居の位置から推測すると、西入山道は参道ではなく、今は大規模宅地開発により消えてしまった所に本来の参道があったらしい。

 新年 平成21年1月1日に高塚山から「新年のご来光の礼拝」という企画が出された。先日造った道は神社にお参りするには不適切な道だということで、その道を閉鎖し、新たに龍神様に失礼のない道を造ることになった。そして、いよいよ新年を迎えることになる。(続く)
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2009年04月12日

スポーツ吹矢

スポーツ吹矢ってご存知ですか
5mから10m先の的に吹矢を吹いて、得点の多いほうが勝ちとなるスポーツです。吹矢が的の中心に近いと点数が多くなります。

スポーツ吹矢の特徴は、その呼吸法にあります。腹式呼吸と胸式呼吸の両方を用いた「吹矢式呼吸法」と呼ばれる呼吸法です。
気功やヨガは「腹式呼吸」で、テニスやゴルフなどの一般スポーツは「胸式呼吸」です。どちらの呼吸法も健康に大切です。

吹矢式呼吸法の健康効果として、次のようなものがあります。
1.息を思いきり吸うので、胸筋が強化されます
2.矢を吹くとき思いきり息を吐き出すので、腹筋力アップになります。
3.腹式・胸式呼吸でカラダの隅々まで酸素を届けるため、カラダの隅々までリフレッシュできます。
4.命中率を高めることから集中力がアップ します。
5.命中すれば爽快、ストレス解消となります。

スポーツ吹矢の基本動作は次の通りです。
■礼に始まり礼に終るのが、スポーツ吹矢の一連の動きです。
1.礼をする 的に向かい一礼します
2.構える 足を肩幅に開いて構え矢を筒に入れます
3.筒を上げる 両腕で筒を高く上げながら鼻から息を吸います
4.息を吐く 筒をゆっくり下げながら口から息を吐ききります
5.息を吸う 的を見て息を吸いながら筒を的に向けます
6.吹く 一気に吹きます
7.息を調える 呼吸を調えます
8.礼をする 的に向かい一礼します

スポーツ吹矢の道具 
■筒と矢と的があれば手軽に始められます。
●筒   :長さ120cm・内径13mmの筒で、グラスファイバーやカーボン樹脂製です。
●矢   :長さ20cmで、先端は金属製の矢、胴はビニールフィルム製です。
●的   :的シールを貼る台です。大きさは約330mmで発泡ポリエチレン製です。
●的シール:紙製のシールで、円心から3cm・6cm・9cm・12cmの同心円がプリントされています。

社団法人 日本スポーツ吹矢協会のホームページを参考にしてご紹介しました。
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2009年04月11日

バタフライ効果

 安西冬衛の短詩に、一行詩「春」という代表作があります。本当にたったの一行です。

   てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた

 「てふてふ」といういかにも弱弱しい蝶が、おどろおどろしい「 韃靼海峡」という不気味な世界を渡って行く姿は、何をイメージしているのでしょうか。

 韃靼海峡とは、間宮林蔵によって海峡であることが確認された間宮海峡のことで、樺太(サハリン)とユーラシア大陸(北満州・沿海州)との間にある海峡のことです。

 この安西冬衛の短詩に対して、富沢赤黄男【とみざわ かきお】の代表句集『天の狼』(昭和16年)に次ような俳句があります。

   蝶墜(お)ちて大音響の結氷期

 韃靼海峡を渡つて行つた「てふてふ」は、寒さのためか結局渡り終えることができず、凍え死んだ蝶の物体の落下が引き金となって均衡が破れ、一挙に結氷し大音響が空間にむなしく響く。

 安西冬衛の一行詩「春」が発表されたのは、昭和2年。昭和2年といえば、昭和金融恐慌の年です。
昭和2年3月14日の衆議院予算委員会の中での片岡直温蔵相の「東京渡辺銀行がとうとう破綻を致しました」という失言をきっかけとして金融不安が表面化し、中小銀行を中心として取り付け騒ぎが発生しました。4月に鈴木商店が倒産し、そのあおりを受けた台湾銀行が休業に追い込まれました。

 「てふてふ」とは、実は第一次世界大戦後の不況を克服するための新天地を求めようとする日本人のことだったのかもしれません。

 片岡直温蔵相の「失言」により、多くの銀行が破綻・整理され、三井物産と三菱商事と天下三分を果たした鈴木商店もそのほとんどの借入金を台湾銀行に依存したために、倒産の憂き目をみたのは、いわば「バタフライ効果」にほかなりません。
 
 韃靼海峡を渡つて行つた「てふてふ」が、凍死し一挙に結氷し大音響が響くのも、「バタフライ効果」です。

 「バタフライ効果」とは、エドワード・ローレンツが1972年(昭和47年)にアメリカ科学振興協会でおこなった講演のタイトル『予測可能性-ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こすか』に由来するそうです。
 何気ない小さな要素の組み合わせでも、未来に大きな影響を与えることがある以上、これから未来はどうなるのかは全く分からない、ということです。

 サブプライムローンの延滞の増加により、2007年(平成19年)3月13日に大手のニュー・センチュリー・ファイナンシャルの経営破綻が懸念されるとしてニューヨーク証券取引所での取引が停止され、上場廃止が決まった、ことを引き金として、100年に一度と言われる経済恐慌も非常に代償の高くつく「バタフライ効果」であることには間違いありません。

 ロシアの作曲家ボロディンが作曲したオペラ『イーゴリ公』の第2幕の曲『だったん人の踊り』でも聴きましょうか。
posted by booknikoniko at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉と脳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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